ワルナスビ
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沼田眞:『自然保護という思想』、岩波新書、1994年初版
著者は植物生態学の大家であり、わが国の自然保護活動や環境教育活動を常にリードし続けた碩学である。
日本自然保護協会の中核的なメンバーでもあり続け、日本環境教育学会の設立にも尽力し、ハンズオン型の博物館の草分けでもある千葉県立中央博物館の設立にもおいても中心人物であった。
本書では、そうした著者が自らの人生を回顧しながら「自然保護という思想」について俯瞰している。
「自然保護」から「環境保全」へとキーワードが変化する過程を簡明に整理し、そうした概念のシフトの功罪を明確に指摘している。
本書が上梓されてから既に10年以上が経過し、著者自身も世を去り、自然保護や環境教育もその姿を変えつつある。
およそあらゆる仕事がそうであるように、真っ白なキャンパスに絵を描くのではなく、既に先人たちが描いた絵に加筆修正を施す作業が必要である。社会のあり方に変革を促すような息の長い仕事については、とくにそうした作業を避けることはできない。
「自然保護」という思想・概念の辿ってきた歴史を知ることは、私たちの森林(やま)づくりにもしっかりとした柱を立てることになる。
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下刈りをしているとじつにたくさんのカマキリに出逢う。なかでも体格の大きなオオカマキリは目立つ存在だ。全身緑色の個体から全身が茶褐色のもの、その中間のものなど、体色のバリエーションは豊かだが、前足(鎌)の内側にある斑紋と後ろ羽根が紫に近い褐色なのが特徴だ。
オオカマキリは山地から都市部まで、非常に広い範囲に生息するので、多くの人々にとって非常に馴染み深い存在だ。森林内での作業は多くの都市住民にとって非日常的な活動であり、そこで出逢う生物も日常の生活域ではお目にかかれないものが多いが、日常生活の場にも森林(やま)にも、共通して生息する生物がいることも興味深い。
新植地には、繁茂した下草を餌とする草食性の昆虫や、それらを補食する昆虫などが数多く生息し、オオカマキリは、それらを手当たり次第に捕食する。時には小型のカナヘビなども彼らの餌食となることがある。
家庭菜園などを耕した経験があるとわかるが、草食性昆虫は時に脅威となる。数と食欲にものをいわせて小さな畑などはあっという間に丸裸になってしまう。昆虫を補食するカマキリのような昆虫がいなければ森林もその姿を保つことはできない。
樹木を育てるだけが森林づくりではない。多様な生物が織りなす豊かな生態系をよく理解するためにもゆっくりと丁寧な森林づくりを進めたい。
20060820 NIKON D70 60MICRO
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下刈りの最中に一息ついてふと空を見上げると、ふわりふわりと無数のトンボが飛んでいる。それも作業地の真上、手を伸ばせば届くような高さにあつまっている。多くの生物が人間との距離を置こうとするのに興味深い現象だ。不思議に思いながら何年か下刈りを繰り返すうちにトンボが集まる仕組みが見えてきた。
樹木が伐採されると、樹木の葉に遮られていた陽光が地面にまで達し、林床で眠っていた草本類の種子が一斉に芽吹き、草原が出現する。突然の草原の出現をどのようにして察知しているのか、様々な草食昆虫が集まってくる。
そうした草原を樹木の生育のために人間が刈り払うと、草陰に潜んで草の汁を吸っていた、ウンカやアブラムシ、ツノゼミやヨコバイ等々、「羽虫」と呼ばれるような小さな虫たちが住処を追われ、一斉に空中に舞い出す。
それらの虫たちの多くは体も小さく人間の目にはとまりにくい。羽音もしないから耳にもとまらない。辛いつらいと思いながらも不思議と熱中してしまうのが下刈りだからよけいに気がつかない。
草原から舞いだした羽虫をめざとく見つけ集まってくるトンボの代表がアキアカネだ。夏期には冷涼な山地で過ごし、秋になると、稲刈りの頃に里に下りてきて産卵するという生活史をもっている。
雄は秋を迎えると、木々の紅葉と歩みを揃えるように鮮やかな茜色に体を染める。
20060811 NIKON D70 28-200
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ちょうど一年前の今日、炎天下にコナラの植林地の下刈りをおこなった。植林後5年ほどたつが、樹高はせいぜい70~80㎝ほどで、目に見える成長を始めない。すぐ隣には天然更新による実生のコナラ群落があるが、同じ頃に芽生えたにもかかわらずそちらの方は成長たくましく、既に人の背丈を大きく超えている。「適地適木」という言葉があるが、やはりその地の環境に適した遺伝子を持っているのだろう。
拭ってもぬぐっても吹き出す汗を手ぬぐいに染ませながらひと休みしていると、林床を覆っていたクズの葉の上にある鮮やかな朱色の粒が目にとまった。大きさは3~4㎜ほど、目をこらしてみるとどうやら虫のようだ。遠目には見えなかったが透明な長い羽を持っている。
その日の下刈りを終えて宿に戻り、カメラに収めた写真を確認していて驚いた。なんと、小さな小さな眼は昆虫のそれとは思えないような、まるで人の眼のように白目の中に黒目があるではないか。おそらくカマキリ等にも見られる偽瞳孔と呼ばれるものだろうが、上目遣いのとぼけ顔で見つめられているような気になる。長い口吻も口をとがらせているようだし、脚にも膝までのハイソックスをはいている。なんとも憎めない風貌だ。
ススキなどイネ科の植物の汁を吸って生きている虫らしいが、どういう訳かこの日はクズの葉の上にばかりいた。
今年も出逢うことができるだろうか。
20060820 NIKON D70 60MICRO
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ミズナラの巨木が群生する森の林床でコバノフユイチゴを見つけた。
冬場にも緑を保つユキノシタにも似た葉が名の由来だ。
エビガライチゴなどと同じように毛むくじゃらの殻が割れるとオレンジ色の実が顔を覗かせる。
小学生たちと早速味見をした。
幾分酸味が勝った爽やかな味のイチゴだ。
聞くところによると、ネズミや熊もこのイチゴが大好物で、殻が割れるとあっという間に彼らの胃袋に収まってしまいなかなか味わうチャンスに恵まれないそうだ。
川場村にも様々な種類の野いちご、木イチゴが自生しているが、この時期に実をつける種類が少ないことも彼らが狙う一因だろう。
この森にも熊の糞があちこちに見られた。
20070809 川場牧場
NIKON D80 SIGMA10-20
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宮原省久:『木場ことば集』、東京木材市場株式会社、1969年初版、2006年復刻
「角兵衛」「花魁」「粋物」「三味線」「太鼓」…等々等々。
これだけ聞いて何のことか分かる通人はまずいない。
何れも、かつて東京深川木場で木材の取引をする業者の間で使われてきた業界用語である。
深川の木場も江東区新木場に移転してからもう長いので、木材業者の間でも意味が通じない言葉が多いという。
本書は、深川木場時代から木材流通の要として機能してきた東京木材市場株式会社の創立50周年を記念して刊行され、その後同社の創立90周年を記念して復刻刊行された稀少書である。収録された用語は132語に及ぶ。
木材は、林木を育成し、伐倒し、搬出し、加工しなければ利用に供することはできない。そうした中で、流通・加工過程に関わった人々が仕事を円滑に、そして効率よく進めるために育んできた「ことば」が本書では紹介されている。
血の通わぬお役所言葉などではない、活きた「ことば」を通じて我々が学ぶことは多い。
森林(やま)づくりの目標、あるいは成果の一つとして、木材の利用を忘れることはできない。特に人工林を育てる作業に関わる場合、育てられた樹木がどのように姿を変え、どのように利用に供されるのかを知らなければ森林(やま)を育てることはできない。
残念ながら本書は少部数発行の非売品であるので入手は困難だろが、それでも紹介したい一冊だ。
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下刈りの合間に昼食をとろうと日陰を求めてコナラの林に入った。握り飯を頬張っていると、地味だけれども存在感のある蝶が羽を開閉しながら樹幹にとまっているのに気がついた。タテハチョウの仲間のスミナガシだ。
水面に墨をわずかに落とすと様々な模様を描く。小学校の低学年か幼稚園に通っていた頃だったと思う。それを半紙に写しとって不思議な模様を楽しんだ。「墨流し」といわれるこの遊びは、紙や墨が稀少であった時代には宮廷における極めて贅沢な遊びだったようだ。
スミナガシという名はこの遊びから名付けられた。光線の具合によって青緑色の落ち着いた光沢が墨色の体を彩り、上等の絞り染めの模様のようなぼけ具合の白紋が墨を際立たせている。タテハチョウの仲間は羽の表裏に全く異なった模様・色彩を持つものが多いが、本種は表裏ともに落ち着いた色彩を持っている。いぶし銀のような体の中で、樹液を吸うためのストローのような口だけが唯一濃い緋色をしている。地味な装いの裏地にだけ洒落たあしらいをする粋人のようだ。
もっぱら樹液を吸う蝶で、雑木林のなかを優雅に飛んでいる。草原の蝶は体温の過上昇を防ぐために明るい色彩をしているという説がある。逆に、地味な体色は太陽の熱を効果的に集める工夫だ。成虫の出現期は5月から8月と、気温が高く樹液流動の盛んな時期に限られる。スミナガシを眼にすると植林にはもう遅い。枝打ち・間伐はまだ待たなければならない。大鎌を振るう季節がもう少し続きそうだ。
20070809 NIKON D80 105MICRO
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小学生達にミズナラの巨木を見せたくて川場牧場に出かけた。
牧場のはずれには、ミズナラやシラカンバの見事な巨木が林立する林がある。
私たちの森林づくりの本拠地である友好の森はまだまだ若い森林なので、巨木がない。
あと100年も経てばこんな景色になるんだということを感じて欲しかった。
人間どうしのつまらない諍いで森林が伐り開かれたり、枯れ葉剤が撒かれたり、爆弾が投下されたりしなければ、少し先には、すばらしい森林を見ることができるだろう。
人々の気持ちをガサガサに荒らさずに、ゆったりとした心を持ち続けることができればこんな森林で憩いたくなるだろう。
熊の痕跡を見つけたり、野いちごを頬張ったりしながら、子どもたちはしっかり巨木の森に浸っていた。
終戦記念日に
20070809 川場牧場
NIKON D80 SIGMA10-20
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小学生たちと夜の自然観察に出かけた。
村内の萩室地区にある道の駅「田園プラザ」は閉店後も建物をライトアップしているので様々な昆虫が集まってくる。
写真に写っているのは枯れ葉ではない。翅を閉じて笹の葉にとまっているムラサキシャチホコという名の蛾だ。
擬態をする昆虫は数多くいるが、ここまでの見事な擬態は国内外を問わずトップクラスだろう。
翅が立体的に丸まっているのではなく、このような模様なのだからさらに驚かされる。
自らの姿を映す鏡も写真もない自然界に、このような造形が見られることこそが神の存在を証明するとするむきもあるが、頷きたくなってしまう。
自然の不思議さに触れると、もっともっと自然を知りたくなる。
森林(やま)づくりに欠かせない驚きを小学生たちは覚えてくれただろうか。
20070807 NIKON D80 105MICRO
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平田剛支:『なぜイノシシは増え、コウノトリは減ったのか 』、平凡社新書、2007年初版
2006年はツキノワグマの受難の年であった。
環境省のレッドデータリストに記載されながら、推測生息数の半数以上の頭数が捕殺された。
巷には「環境に優しい」人々があふれ、国民総出で「地球に優しく」している「経済大国」の姿である。
もちろん、農山村住民が熊と鉢合わせをして襲われてしまったり、農作物への多大な被害があったりと、看過できない問題が発生していることも事実である。
しかしなぜ、これまでの長い歴史の中で、若干の衝突はありながらも共存してきた熊と人間が今になって折り合いのつかない状況に置かれてしまったのだろうか。このことに思いを至らせない限り、豊かな自然を回復することはできないだろう。
本書では、様々な生物の生息環境を護り、復元する活動が紹介されている。
つい先日、わが国では46年ぶりにコウノトリの自然繁殖が確認されたが、この取組についても本書では1章を割いて報告している。
森林(やま)づくりは、一朝一夕には成されない大仕事である。
野生生物との共存を視野に入れない森林(やま)づくりは画竜点睛を欠く。
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俵浩三:『牧野植物図鑑の謎 』、平凡社新書、2007年初版
造園学分野の著名な研究者である著者が、偶然に出逢った一冊の植物図鑑によって「謎」の解明は始まる。
あまりにも有名な牧野富太郎とその業績だが、順風満帆委細支障なく積み上げられたものではなかった。
野口英世や北里柴三郎らがそうであったように、帝国大学閥の主流たり得なかった牧野の人生を垣間見ることができる一冊である。
帝国大学主流派との確執に加え、学童生徒への植物学知識の普及に尽力する村越三千男との壮絶な争いを軸に「謎」が解明される。わが国林学の黎明期の巨人、本田静六も牧野の「謎」に無関係ではなかった。
ライバルとの切磋琢磨などという爽やかさは微塵もない。見苦しいまでに骨肉相食む掴み合いの抗争は、己が信じた途を行く者にとって避け得ないものであったのだろう。
森林に親しむための重要なツールである植物図鑑を開くことに、新しい楽しみを加えてくれる一冊だ。
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上山春平:『照葉樹林文化―日本文化の深層』、中公新書、1969年初版
本書は、わが国の基層を形作ったのは照葉樹林帯の文化にあるとする。
従来、わが国の文化形成に当たっては稲作が決定的な要因であるとする考え方が一般的であったが、稲作(水田耕作)技術渡来以前と考えられている縄文の文化こそがわが国の基礎をなすものであり、その縄文の文化は照葉樹林帯の文化であったという。
照葉樹とは、葉の表面が堅く光沢を持つような樹木を指す用語で、椎や樫などの南方由来の樹木群がこれに当たる。
本書の出版は大変な議論を巻き起こすものであったが、その後、北方由来のブナ帯の文化も一大勢力であり、照葉樹林帯の文化とブナ帯の文化のせめぎ合いがわが国の文化を形成したとする説が現在の定説となっている。
東北出身の小説家である熊谷達也が鮮烈に描くような、大和と蝦夷の衝突がまさにこれに当たる。
ともあれ、こうした議論を巻き起こす嚆矢となった一冊である。
森林(やま)づくりを考えるときに、我々の祖先達が依拠しながら生きてきた自然環境に思いを馳せることもまた楽しい。
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