●目肥●
日曜日の新聞(10月28日、朝日新聞朝刊)で新しい言葉に出逢い、気持ちが豊かになった。
「目肥(めごえ)」という言葉だ。
わが国には、山野草を栽培し楽しむ文化が古くからあるが、この山野草栽培の愛好家の間で古くから使われてきた言葉だそうだ。
文字どおり、見つめることが最も有効な肥料となる、という意味である。
育てる対象とじっくり向き合うことをせず、窒素・リン酸・カリのバランスはどうだ、微量元素がどうした、というよりは、時間さえあれば眺め、時間がなければ時間をつくっても見入ることが最大の栄養源となる。
非科学的な、単なる精神論でもなければ、科学否定論者の夢想でもない。
事物に見入る人間が、見入るだけで終わるわけがない。
水は足りているだろうか。日当たりは充分か。心配で心配で、心配することも楽しくて。
そうした人のもとにある草花が活き活きと育たぬ訳がない。
森林(やま)づくりの言葉にも、これと近い言葉がある。
「やまの肥やしにゃわらじが一番」とか「やまの肥やしは人の足跡」とか、細かな言い回しには差異があるが、各地の林業家たちが口にする。
人が森林に足を踏み入れることが、もっとも大切な森林の栄養になる、という意味の言葉だ。
わらじを化学分析にかけたところで、もちろん意味はない。
「踏圧が土壌を締め、根系の呼吸を妨げる」という反論も無味乾燥。
「育てる」「つくる」という人の営為を考えるのに、人を抜きにしてまともな答えが見つかるわけがない。
新しい言葉と出逢うのは、物やお金を手に入れることよりもずっと豊かになれる。
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野田研一:『自然を感じるこころ -ネイチャーライティング入門』、ちくまプリマー新書、2007年初版






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