太郎のイチョウ
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ようじさんの蒟蒻畑で、「種玉」と呼ばれている栽培2年目の芋の掘り取り作業を見せていただきました。
マムシグサやウラシマソウや、このページでも紹介したホソバテンナンショウと近い仲間でよく似た花を咲かせます。
写真は種玉についた花芽ですが、これをひとつひとつ外していく作業が必要です。
というのも、花が咲いたコンニャクは、芋がしぼみ商品価値を無くすからです。
花芽の下には葉の芽が準備されていて、これを傷つけないように花芽だけを掻き取っていきます。
見学をさせていただいた日は、日差しの穏やかな暖かい日でしたが、この日の晩から川場は雪になりました。ようじさんの畑はこの日までで4割程度の掘り取りが済んだところだったそうです。寒風の吹く中、足下には雪があるような畑での掘り取り作業がまだ残っています。
20071118 花芽のついた蒟蒻芋(ようじさんの蒟蒻畑で)
NIKON D80 TAMRON18-250
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カテゴリー【森林づくりお薦めの一冊】で紹介した新書の一覧です。
書名からそれぞれの紹介文にリンクを張ってみました。
紹介文の掲載順に並べてありますので、ご利用下さい!
●遠山富太郎:『杉のきた道』、中公新書、1976年初版
●東京農業大学森林政策学研究室:『市民の森林(やま)づくり』、東京農業大学出版会、2005年初版
●大場龍夫:『森林バイオマス最前線』、全国林業改良普及協会、2005年初版
●海野和男:『昆虫の世界へようこそ』、筑摩書房、2004年初版
●コリン・タッジ:『農業は人類の原罪である』、新潮社、2002年初版
●林将之:『樹皮ハンドブック』、文一総合出版、2006年初版
●宇沢弘文:『社会的共通資本』、岩波新書、2000年初版
●森上信夫・林将之:『昆虫の食草・食樹ハンドブック』、文一総合出版、2007初版
●山口昌伴:『水の道具誌』、岩波新書、2006年初版
●山内道雄:『離島発生き残るための10の戦略』、生活人新書、2007年初版
●富山和子:『水と緑と土』、中公新書、1974年初版
●中村昌弘:『危険感受性をみがく』、中央労働災害防止協会、2005年初版
●きだみのる:『気違い部落周游紀行』、冨山房、1981年初版
●ビーネイチャースクール:『おとなの自然塾』、岩波アクティブ新書、2003年初版
●富山和子:『環境問題とは何か』、PHP新書、2001年初版
●見田宗介:『社会学入門』、岩波新書、2006年初版
●新保國弘:『オオタカの森』、崙書房、2000年初版
●宇江敏勝:『山びとの記』、中公新書、1980年初版
●菊地武雄:『自分たちで生命を守った村』、岩波新書、1968年初版
●福田アジオ:『歴史探索の手法』、ちくま新書、2006年初版
●木原浩:『ベリーハンドブック』、文一総合出版、2006年初版
●全国林業改良普及協会編:『長伐期林を解き明かす』、全国林業改良普及協会、2006年初版
●上山春平:『照葉樹林文化』、中公新書、1969年初版
●俵浩三:『牧野植物図鑑の謎』、平凡社新書、2007年初版
●平田剛支:『なぜイノシシは増え、コウノトリは減ったのか?』、平凡社新書、2007年初版
●宮原省久:『木場ことば集』、東京木材市場株式会社、1969年初版、2006年復刻
●沼田眞:『自然保護という思想』、岩波新書、1994年初版
●宇沢弘文:『地球温暖化を考える』、岩波新書、1995年初版
●丸山晴弘:『遭難のしかた教えます』、山と渓谷社、1999年初版
●坂本功:『木造建築を見直す』、岩波新書、2000年初版
●野田研一:『自然を感じるこころ』、ちくまプリマー新書、2007年初版
●柏順子:『杉線香の話』、筑波書林、1980年初版
●武内孝夫:『こんにゃくの中の日本史』、講談社現代新書、2006年初版
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仲間達と植えて、育ててきた森林(やま)が人間の背丈の倍ほどの高さにまでなってきた。
いっちょまえになかなか見られる紅葉だ。
他人が見たら、どうということもない森林なのかもしれない。
それでも、自分達で植え、自分達で下刈りをし、自分たちで間伐をしてきた森林は、やはりかわいいものだ。
森林は、一人の人間には認識できないほどの、気の遠くなるような長い時間をかけて育つものだと思っていた。
けれども、目に見ることのできる速度でちゃんと育ってくれる。
それまでは、森林を育てるという仕事を頭でしか理解できなかった。
この森林(やま)は、人間が破壊すること以外の関わり方ができるという実感をくれた森林だ。
20071117 色づくコナラの森(ヒロイド原)
NIKON D80 TAMRON18-250
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先日、ようじさんにお願いしてコンニャク畑の見学をさせていただきました。
かつて川場の主力農産物であったコンニャクも今では、安価な中国産に圧されたり、生産に手間がかかることなどから、生産する農家も減少しているようです。
ようじさんは、そんな中で製粉の過程までをご自身でなさっている熱心なお百姓さんです。
写真は、掘り起こされた2年生のコンニャク芋をひとつひとつ丁寧に手入れしているところです。
花芽がついてしまったものは花芽を掻き、生子(きご)と呼ばれる小芋を外しながら撫でるように作業を続けています。
作業を拝見しているうちに、林業の古い用語に「撫育(ぶいく)」という言葉があったのを思い出しました。文字どおり、「撫でるように慈しみ育てる」という意味の言葉で、間伐や枝打ち等の作業を総称する言葉です。現在ではなぜか使われなくなった言葉ですが、とても良い言葉だと思っています。
農作業も「撫育」だなあ。と思ったひとときでした。
「お百姓」という言葉は、古い時代に、職業を姓としたことから生まれた言葉です。
「百の職業(能力)」をもつ超人が「お百姓」さんです。
現在のお百姓さん達も、誰に誇るわけでもなく、淡々と何でもこなしてしまうスーパーマン達です。
20071118 ようじさんの蒟蒻畑で
NIKON D80 TAMRON18-250
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武内孝夫:『こんにゃくの中の日本史 』、講談社現代新書、2006年初版
川場村について考える際にコンニャクを外すことはできない。
生糸生産が次第に衰えを見せる中で、この村の人々の生活を支えたのがコンニャク栽培だったからだ。コンニャク栽培の導入によって、村の消滅を回避したと言っても過言ではない。
現在では、そのコンニャク生産も、中国産などの安価なコンニャクの流入によって非常に厳しい状況下にあるが、それでも村の中には、まだまだ頑張っているコンニャク生産者が少なくない。
本書は、わが国におけるコンニャク栽培の歴史をコンパクトにまとめた一冊である。
コンニャクといえば、食用が真っ先に思い浮かぶし、現在においては、まさにそのとおりであるが、糊としての利用を代表として様々な工業原料としてもコンニャクは利用されてきた。第二次世界大戦下では、風船爆弾の主要材料として利用された歴史もある。さらに遡ると、帯の惹句にあるように、桜田門外の変の資金源として、換金作物であるコンニャクが一役買ったことなど、興味深いエピソードが数多く紹介されている。
森林には必ず所有者や管理者、そして利用者がいる。彼らの営みによって森林が現在に伝えられていることを忘れることはできない。そして、そうした人々の多くは農家であった。
川場の森林(やま)づくりを進める際に、川場の農業生産に考えを及ぼすことを欠いては決してうまくいくものではない。
川場の農業をより深く知るための好著である。
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柏順子:『杉線香の話-片隅に残る伝統産業』、筑波書林、1980年初版
地方に出かけると、できるだけ小さな本屋を覗くようにしている。
大手の取り次ぎを通さないような小さな版元が出版した、地域限定の本が書架に並んでいることが多いからだ。書き手もまた地域の人であることが多いし、書かれた内容も地域限定で、ネット上を検索しても見つからない本が多い。
玉石混淆であることも確かだが、売れ線を狙わない丁寧なつくりの本が見つかるのもこうした中からだ。
本書も、まさにそういった一冊だ。
「杉線香」というのは、なにも特殊な線香ではない。仏前に供える、ごくごく一般的な線香のことである。
線香は杉の葉に香料などを混ぜてつくられる。
本書には、線香の製造方法から、製造業者の技術伝承の系譜、原材料である杉の葉の収集方法から加工方法、そして、この産業の将来展望に至る広範な内容が盛り込まれている。
わが国の木材産業の斜陽化には様々な背景があるが、均角の木材のみが市場性を保ち、それ以外の多様な利用方法が、代替材に圧されたことも大きな理由となっている。
身の回りを見渡すと、実に様々なところに樹木に由来する物が使用されているにもかかわらず、わが国の林業家の多くは柱材生産に固執する。
「バイオマス利用」などとわざわざ洒落た言葉を使う必要などない。
わが国では、もともと木を余すところなく使ってきたのだ。
森林(やま)づくりを進めるにあたって、古くから伝えられてきた森林のめぐみを利用する知恵から学ぶべきことは多い。
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