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2007年11月11日 (日)

『こんにゃくの中の日本史』

20071111konnnyakunonakanonihonsi武内孝夫:『こんにゃくの中の日本史 』、講談社現代新書、2006年初版

川場村について考える際にコンニャクを外すことはできない。
生糸生産が次第に衰えを見せる中で、この村の人々の生活を支えたのがコンニャク栽培だったからだ。コンニャク栽培の導入によって、村の消滅を回避したと言っても過言ではない。
現在では、そのコンニャク生産も、中国産などの安価なコンニャクの流入によって非常に厳しい状況下にあるが、それでも村の中には、まだまだ頑張っているコンニャク生産者が少なくない。

本書は、わが国におけるコンニャク栽培の歴史をコンパクトにまとめた一冊である。

コンニャクといえば、食用が真っ先に思い浮かぶし、現在においては、まさにそのとおりであるが、糊としての利用を代表として様々な工業原料としてもコンニャクは利用されてきた。第二次世界大戦下では、風船爆弾の主要材料として利用された歴史もある。さらに遡ると、帯の惹句にあるように、桜田門外の変の資金源として、換金作物であるコンニャクが一役買ったことなど、興味深いエピソードが数多く紹介されている。

森林には必ず所有者や管理者、そして利用者がいる。彼らの営みによって森林が現在に伝えられていることを忘れることはできない。そして、そうした人々の多くは農家であった。
川場の森林(やま)づくりを進める際に、川場の農業生産に考えを及ぼすことを欠いては決してうまくいくものではない。

川場の農業をより深く知るための好著である。

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森林づくりお薦めの一冊(新書)」カテゴリの記事

コメント

magnoriaさん
紀州から伝わったんですか!
ありがとうございます。知りませんでした!
コンニャクは南方系の植物なので、寒さに強くないんですよ。
寒さで芋が腐ってしまうので、毎年秋に掘り上げて春に植え付けるという、とてつもない労働が必要になります。
機械化以前の農業で、コンニャクをつくるということが如何に重労働だったか、そしてそうした重労働を必要としても見合うだけの高収入をもたらしたのか、そんなことを推測することができます。

投稿: くま | 2007年11月20日 (火) 21時38分

くまさん、思いがけない感想をいただいたのでちょっとびっくりでした(^^)。さすが、林学の専門家の方は木という言葉に対する認識が違うのだなあ、と私のいいかげんな言葉使いを反省。「コンニャクの木」という言葉はあくまでも私個人の印象で、父は「コンニャクの木」なんて言わないと言ってました(笑)。私にとって草とは、ボシャボシャ生えている背の低い雑草で、コンニャクのような大きな植物は木ってイメージなんですねー。
コンニャクが毒というのも初めて知りました。味もない手のかかるコンニャクをなぜ作って食べていたか、それだけ作物に恵まれない土地柄だったのでしょうね?それにちょっと昔の群馬の観光ガイドを読んでいたら、コンニャクは16世紀に紀州から伝来したと書いてありました。だからもともとここにあったのではなく、むしろ暖かい海沿いの作物だったのでしょうか?寒天を山の中の寒冷地で作るのと同じような感じかなあと思ったのですが、どうなのでしょう?「こんにゃくの中の日本史」読んでみたくなりました(^^)。

投稿: magnoria | 2007年11月20日 (火) 15時43分

magnoriaさん
そうそう!
農家の方もコンニャクの地上部ことを「木」って言うんですよ!キュウリとかも「木」っていってたように思います!
草なのに「木」って言うのはなぜでしょうね?
毒のある植物をすごく手間暇かけて育てて、しかも、コンニャク自体に味があるわけでも、栄養豊富なわけでもなく、とても不思議な食文化ですよね!

投稿: くま | 2007年11月19日 (月) 22時07分

くまさん、今日ちょうどNHKの「小さな旅」という番組で下仁田のコンニャクの特集を放送していたので見てみました。群馬はコンニャクの生産高日本一なのですね。コンニャクは11月が収穫の時期で、日差しにも雨にも弱く大きくなるのに年数も手もかかると言ってました。けれど手作りコンニャクの美味しそうだったこと!私の父の実家はお茶農家なのですが、山のお茶畑にはコンニャク芋の木がたくさん生えていて、家でコンニャクを作っていたそうです。私も子どもの頃一回だけお茶畑に連れて行ってもらった時に、コンニャクの木を見たことがあります。

投稿: magnoria | 2007年11月19日 (月) 17時14分

Berryさん!

いつもコメントをありがとうございます!
この異常な気象のおかげで、川場の紅葉を楽しむことができました。
滑り込みセーフってところでした!
本当にこころばかりの手みやげをそんなに喜んでいただけるなんて思ってもいませんでした!
また、川場にお邪魔させていただきます!

投稿: くま | 2007年11月18日 (日) 23時40分

こんばんは♪
今、旦那君から、くまさんからのプレゼント☆
受け取りましたぁ((´∀`*))

ありがとうございました♪

嬉しくてもう、ブログにUPしちゃいましたけど、
良かったでしょうか。。。(´=Д=`;A)

投稿: Berry | 2007年11月18日 (日) 23時14分

magnoriaさん
はじめまして、ようこそお越しいただきました!
川場村は本当に良いところですよ!
水も美味しいし、お米も美味しいし、リンゴも美味しいし、コンニャクも美味しいし!
渓山荘さんも人気の宿ですね!私は残念ながらお世話になったことはないのですが・・・
川場村を是非ご訪問下さい!

投稿: くま | 2007年11月18日 (日) 22時19分

初めまして(^^)。静岡県の掛川市在住の者です。エコログ上州さんのところから来ました。川場村はコンニャクの産地なのですね。私の近所の女性の方達はいつも秋祭りの前などに手作りコンニャクを作っているのですが、もしかしたら川場村のコンニャク芋を使っているのかもしれませんね!川場村にはまだ行ったことがないのですが、渓山荘という旅館がありますよね?私の知人の画家の方の絵が飾ってあるそうですし、素敵なところらしいので、いつか行ってみたいと思っています。

投稿: magnoria | 2007年11月18日 (日) 19時08分

ようじさん
コメントありがとうございます!
間違った記述などありましたら、是非ご指摘下さい!

投稿: くま | 2007年11月13日 (火) 10時09分

こんにゃくのご紹介ありがとうございます。
生産者としてうれしいです(#^^#)

投稿: ようじ | 2007年11月13日 (火) 00時09分

くろださん
コメントありがとうございます!
中身も深いうえに読みやすい一冊ですよ!
コンニャク農家の方々も読んでいただけると、いっそう仕事に誇りが持てるようになると思っています!

投稿: くま | 2007年11月11日 (日) 23時42分

こんばんわ。
「桜田門外の変の資金源はこんにゃくだった!」興味をそそる帯ですね!
読んでみたくなりました。

投稿: くろだ | 2007年11月11日 (日) 23時13分

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