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2008年11月 1日 (土)

ツキノワグマの気配

20081101kumanokonnseki002

私たちのフィールドである川場村にはツキノワグマが生息している。
彼らは、とても臆病(慎重)だし、人間のように鈍感ではないから、ほとんどの場合、人間が彼らの存在に気づく前にそっと姿を消しているから気づきにくいが、間違いなく生息している。

2006年9月には、沼田市の男性がキノコ採りに来村し、クマに襲われるという残念な事故も起こっている。
毎日新聞の調べによると、この男性は早朝に単独でキノコを採りにきて、道路から300m入った雑木林の中でクマに襲われたそうだ。

この男性には、本当に気の毒に思うが、その一方で、クマにとっても不幸な事故だったと思うのだ。

この事故の加害グマがその後どうなったのかは不明だが、多くの場合“駆除”の憂き目にあうこととなる。

クマの暮らすフィールドに足を踏み入れていることに気づかなかったのだろうか。

写真は、クマの残す痕跡の例。
左上・左下の写真は、どちらも“クマ棚”。クマがドングリやブナの実などを求めて木に登り、折り曲げた枝を脚や尻の下に敷きながら食べた痕だ。
上の写真は9月のもので、まだ緑の枝葉に紛れてわかりにくいが、中央部に色の濃い部分があるのがクマ棚だ。
下の写真は11月に入ってからのクマ棚。
葉が未だ緑のうちに折られて枯れたので、落葉せずに樹上に枯れ葉の固まりができている。
また、右側の写真は、樹の洞につくられたニホンミツバチの巣につけられたクマの爪痕。
中の蜂蜜を求めてクマが洞の前後から爪を立てて削った痕が生々しい。

直截に、彼らの姿を見ることがなくとも、こうした痕跡を見つけることができる。
こうした痕跡が残された場所に立ち入ると云うことは、クマの行動圏に自分がいるということに他ならない。

豊かな森林(やま)を残すということは、紛れもなくクマと共存すると云うことに直結する。
レイチェルカーソンは、過度の農薬使用によって“静かな春”が訪れると警鐘を発した。
植物こそ繁茂しても、鳥の鳴き声も虫の羽音も聞こえない“静かな春”が訪れるという異常な事態を招くことを怖れなくてはならない。
“静かな春”が続くと、植物さえも枯れ果てるだろう。
野生鳥獣によってもたらされる被害があるからといって、短絡的に“駆除”の途を選ぶことも“静かな春”を招くことになる。

森林(やま)を護り、育てることを考えるならば、時に人間に害をなすこともある生物との折り合いの付け方を考えることから目をそらすわけにはいかない。
まず、彼らの生態を知ることから始めたい。

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コメント

ぶの字さん

コメントありがとうございます!
「地球にやさしい」という表現も好きではありません。
人間にとって都合の良い状態を保とうとしているに過ぎませんよね。
「地球にやさしい」という言葉でごまかしたくないと思っています。

投稿: くま | 2008年11月 3日 (月) 12時14分

えー そうでがんすよね くまから見たら人もカモシカもタヌキも ただ自分と違った動物なんでがんすもんね

「地球を守れ! 地球を救え!」って
地球から守られているのも
地球から救われているのも おいら人間の方だと思うのでがんす。。。

投稿: ぶの字 | 2008年11月 1日 (土) 18時40分

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