カテゴリー「森林づくりお薦めの新書2008」の9件の記事

2008年11月 6日 (木)

『紅葉ハンドブック』

20081105kouyouhanndobukku 林将之:『紅葉ハンドブック 』、文一総合出版(2008年初版)

明日の夕方から川場行きだ。
地元からの情報で、山が彩りを鮮やかにしつつあると報されているので楽しみにしている。

著者の林将之さんは、スキャナーを活用した撮影方法を考案し、自然の新たな楽しみ方を教えてくれている。
本書も、氏の手による一冊だ。

これまでにも、秋の葉の紅葉を扱ったハンディーサイズの図鑑はいくつもあったが、群を抜いて画像がきれいである上に、同一樹種の色の付き方でも様々なバリエーションがあることをとてもわかりやすく紹介してくれている。

夏にはどの葉も緑で見分けがつきにくかった木々の葉も、この時期ならではの特徴を見せてくれている。

ポケットにねじ込んで紅葉狩りに出かけたい。

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2008年10月29日 (水)

『里山を歩こう Part2』

20081029satoyamawoarukou 今森光彦:『里山を歩こう カラー版 Part2 わき水の里から琵琶湖へ 』、岩波ジュニア新書((2008年初版)

どんなジャンルにも共通していえることだが、あるキーワードが市民権を得るにつれて、関連書籍が多く出版される。
情報が豊富になって良いと思いがちだが、あにはからんや、残念ながら練度の低い書籍が多く混在することとなる。
そのキーワードが“当たる”と思って慌てて出版企画を立てるのだから当然の成り行きである。
何かを勉強したいと思ったときに、関連書籍が少ないということを喜んだ方がよい。

近年、“里山”をキーワードに据えた書籍が数多く出版されている。
まさに玉石混淆。どれを手にとって良いのやら悩ましい。
そうしたなかで、手にとって悔やまれない本が上梓された。
いや、手に取らなければ後悔する本といった方が良い。

以前にも紹介した、写真家の今森さんの著書『里山を歩こう』の第2弾。

キーワードに“里山”を据えながら、ほぼ全編が、琵琶湖や琵琶湖に流れ込む河川、そして、それらに関わる人々の暮らしで埋め尽くされている。
そもそも、標題に“里山”をうたいながら、表紙写真が“里山”ではない。
なんと勇気のある構成だろうか。
それでいて、きちんと“里山”の本になっている。

“里山”を考えるとき、周辺環境を視野に入れることがいかに重要であるのか。そして、そうした姿勢が、いかに深い楽しみを与えてくれるのか。
そういったことを、やわらかな物腰で伝えてくれる良書である。

「里山は、参加型の自然です。作物をつくったり、山菜を採ったり、魚を食べたり、人々の暮らしが、里山の自然を守っていきます。(本書より)」

なんと、真っ直ぐで、説得力のある言葉だろうか。
川場村での森林(やま)づくりに関わる仲間達に読んで欲しい一冊だ。

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2008年5月26日 (月)

『ナラ枯れと里山の健康』

20080525naragaertosatoyamanokennkou 黒田慶子:『ナラ枯れと里山の健康 』、全国林業改良普及協会、(2008年初版)

カビの仲間が引き起こす“ナラ枯れ”が全国的な問題となっている。
カシノナガキクイムシ(通称:カシナガ)が菌を媒介し、ミズナラやコナラなどを罹患させる。
この病気にかかると、夏だというのに、急に葉を赤くして枯れてしまう。

1980年代以前は、山形県などの限られた地域にしか認められなかったこの樹病が、このところ急速にその範囲を拡大している。

この樹木の病気は、大径木を中心に集団的な枯死をもたらすために、里山管理を実践するメンバーの中では大きな心配事となっている。

幸い、現在のところ関東地方からは発病報告はなされていないものの、福島・長野・新潟・愛知など、関東を取り巻く地域では発生が認められているため、対岸の火事として安閑としていることはできなさそうだ。

里山は、人間の生産と生活のなかで形成されてきた森林だ。
人間が利用することで、常に小中径木が優占し、再生が図られてきた。
そうした森林を人間が利用しなくなったために、被害が甚大化しているようだ。

川場村にも多くの里山が存在する。
私たちの森林(やま)づくりでも襲来が予想される状況に対処していきたい。

本書では、森林総合研究所を中心とする研究グループが、事の緊急性に鑑み、研究途上の情報まで含めて発信してくれている。
内容も、“ナラ枯れ”の発生機構から、里山管理の指針にまで至る実用性の高いものとなっている。
森林(やま)づくりに関わるメンバーには一読をお願いしたい一冊だ。

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2008年3月21日 (金)

『桶屋の挑戦』

20080320okeyanotyousenn 加藤薫:『桶屋の挑戦 』、中公新書ラクレ(2008年初版)

勇気をもらえる本に出逢うことができた。

木材には実に多様な用途があり、本書で扱われる“桶”もその一つである。

盥(たらい)という桶で産湯をつかい、桶で仕込まれた食品で成長し、世を去る際にも桶に入る。
様々な新素材や新製品に圧されて、木製桶の出番はめっきり減ったものの、ほんの少し前までは、生活の様々な局面で桶が利用されていた。
工業分野でも、終戦までは、硫酸や塩酸、塗料や火薬などの容器として桶は必需品であった。

しかし本書は、そうした桶の歴史を回顧することに力点を置かず、桶に関わり現在を生きる人々を軽快に描いている。

桶づくりの虜になった職人は、各地で用無しになった古桶を買い集めて手を加え、新たな出番を用意する。

しばらく途絶していた新桶による日本酒の仕込みを再開したのはブロンドのアメリカ人女性。

味噌や味醂、なれ鮨、醤油、漬け物等々、様々な発酵食品を漬け込む桶は酒蔵の桶の再利用。

木という素材の価値に気づき、木を再び使うことを実行に移した人々のエピソードが気負いなく綴られ、力強く、明るい将来が展望されている。

森林を、林業を、山村を守り育てようと考えている人々に是非お勧めしたい一冊だ。

※本書執筆のための取材の成果が盛り込まれた“桶仕込み保存会”のホームページも併せてご覧戴きたい。

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2008年3月17日 (月)

『カエル・サンショウウオ・イモリのオタマジャクシハンドブック』

20080317otamajakusihandobukku 松井正文・関慎太郎:『カエル・サンショウウオ・イモリのオタマジャクシハンドブック 』、文一総合出版、(2008年初版)

文一がまたまたユニークな一冊を世に出してくれた。

手にとってまず、この表紙の2匹にやられた。
そんな顔で見つめられたら・・・

私たちがメインフィールドにしている“友好の森”でも、これから湿原環境を整備していこうと考えているが、彼らとの出会いが目標だ。

本書では、わが国に生息する、39種のカエルのオタマジャクシ、22種のサンショウウオ・イモリのオタマジャクシが紹介されている。

オタマジャクシといえば春の代名詞となっているが、オタマジャクシのまま越冬するものもいて、ほぼ一年中彼らと出逢うことができることや、プロでも同定することが難しいこと等々、興味深い記述が、とても楽しく美しい写真とともに描かれている。

森林(やま)づくりには彼ら(両生類)の存在も欠くことはできない。
これからの水温むシーズンに、この一冊をポケットにねじ込んで水辺散策も楽しそうだ。

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2008年3月 3日 (月)

『ゼロ災で低コスト林業に挑む』

20080303zerosaideteikosutoringyou 泉 忠義:『ゼロ災で低コスト林業に挑む』、林業改良普及双書、2005年初版

全国林業改良普及協会(全林協)は、わが国の林業関係者を応援する組織として設立された。
本書は、全林協が長く出版を続ける新書版の“普及双書”シリーズの150冊目である。

著者の泉氏は、1929年生まれのベテラン林業家である。
伐採・搬出を中心とする林業労働に長く従事し、1979年に泉林業を創業された。

本書は、泉忠義氏の半生を綴った名著である。

泉氏は、わが国の林業の機械化の歴史の生き証人ともいえる人生を歩んでこられた。
手道具中心の林業に、チェーンソーが導入され、架線集材が開始され、様々な高性能林業機械が開発されたこの50年間が、まさに氏の林業人生と符合する。

標題からは単なる安全作業マニュアルであるかのような誤解をしがちだが、そうではない。
わが国の林業の変遷が生の声で綴られている。
読み進める間中、標題が全く本書の内容を示していないかのように感じたが、終盤にさしかかる頃に本書の内容と標題の一致に合点がいった。

仕事中の事故で部下を失うなど、悲しく苦しいアクシデントを乗り越えてきた氏が辿り着いた境地が“ゼロ災(災害ゼロ)”こそが最も“低コスト林業”であったのだ。

わが国の林業を理解するために、そして安全な森林管理を実現するための必読書である。

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2008年1月31日 (木)

『野鳥と木の実ハンドブック』

20080131yatyoutokinomihanndobukku 叶内拓哉:『野鳥と木の実ハンドブック 』、文一総合出版、2006年初版

以前に紹介した『樹皮ハンドブック』や『昆虫の食草・食樹ハンドブック』などと並んで文一総合出版から出版されたユニークな一冊だ。

わが国で見られる木の実のうち、ポピュラーな約80種を選び、それぞれのみを好む野鳥とセットで紹介している。
植物を憶えることが苦手な人も多い。私もその一人だが、野鳥との組み合わせで憶えることで苦手意識を払拭することも出来そうだ。

森林(やま)は様々な生物が関わり合ってかたちづくられている。
決して樹木だけに注目してはいけない。
昆虫や野草、哺乳動物や鳥類、多くの生きものに心配ることが大切だ。

著者の叶内氏は、残念ながら直接の面識はないが、私の大学の先輩でもある。

◆昨年中に紹介した新書はこちらからどうぞ◆

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2008年1月16日 (水)

『丹精で繁盛』

20080115tannseidehannjou瀬戸山玄:『丹精で繁盛 物づくりの現場を見にゆく 』、ちくま新書、2007年初版

「こだわり」という言葉にずっと違和感を感じてきたが、どうして違和感を抱くのか、自分でもうまく説明ができずにいた。
それが本書を読むことで心の中にストンと落ちついた。
「こだわり」は自分自身の行為に対してもつ意識であるからだ。
もちろん、仕事に「こだわり」は大切だ。けれどそれは、他人に押し付けるものではなく、自分自身の中にそっと秘めておいて、むしろ他人には隠すべきものなのだろう。

真心を込めて物事にあたることを「丹精」という。
「こだわり」が内向するものであるのに対して、「丹精」は常に他者を意識する。

「こだわりは狭く、丹精は広い(本文より)」

自らを「ドキュメンタリスト(記録する人)」と呼ぶ筆者は、都市農業、干物づくり、農家林業、造船技術者が挑む建築、左官、家具製造など、多彩な現場と、そこで働く人々を見つめ、記録している。
何れも、厳しい寒風にさらされている業種ばかりだが、その中で生き残り、「繁盛」さえしている人々に共通するのは「丹精」を込めるという姿勢である。

農林業の振興や、農山村の振興には、補助金の拠出など外部からの援助が必要な場合もあろう。
しかし、何にもまして必要なキーワードが「丹精」なのではないだろうか。

川場村にも丹精を込めて仕事をする人々がたくさん居る。
こうした人々の姿勢を、そして仕事の成果を正当に評価することから再出発したい。
川場村の地域振興は、これまで一定の評価を得てきたが、これまでの評価のうえに胡座をかくのではなく、今も解決が望まれる多くの課題を残していることから目を背けたくない。
本書に紹介される家具職人は「多くの場合、昔の成功体験がいまの失敗をつくります」と明言する。

川場の森林(やま)づくりを進めるために必要な厳しい示唆を与えてくれる一冊だ。

◆昨年中に紹介した新書はこちらからどうぞ◆

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2008年1月11日 (金)

『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』

20080111nihonnjinnhanaekitunenidama 内山節:『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか 』、講談社現代新書、2007年初版

凄い本がでた。

わが国が先進国の仲間入りをするほんの少し前、1965年を境に、人がキツネにだまされる話がパッタリとなくなった。

1964年に東京オリンピックが開催され、それと関連して東名高速道路や東海道新幹線が整備され、家庭にはカラーテレビが普及した。
経済の急速な成長が、良きにつけ悪しきにつけ、大きくわが国を変えた時期である。

森林や林業に関わっては、林業基本法という法律が制定された。日本人にとっての森林を単に木材の供給源としてのみ位置づけることを余儀なくした法律だ。

哲学者である著者は、わが国のあまりに性急で劇的な変化を、日本人がキツネにだまされなくなった時期をターニングポイントとして捉えた。

地域社会の人々を結びつけてきた力。
誕生や死を人々が受け入れてきた力。
自然を畏れ、恵みを利用してきた力。

そうしたものを失っていく過程で日本人はキツネにだまされなくなった。

人間にとって自然とは何だったのか。
現在の我々が、失ってはならないのに切り捨ててきたものは何だったのか。

自然を、森林を、農業を、林業を、護ろうとする者が読まなければならない一冊である。

◆昨年中に紹介した新書はこちらからどうぞ◆

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