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2009年1月の26件の記事

2009年1月31日 (土)

ホオジロ

20090131hoojiro

冬晴れの川場村を散歩していると、チチッ チチチッ と小鳥の小群が鳴き交わしながら枝間を飛び回っていた。

スズメよりも少し大きめの身体、オレンジ色の羽、白地に黒いストライプの顔。
スズメの仲間のホオジロだ。

昆虫や蜘蛛、草の実などを食べる小鳥で、繁殖期以外は小さな群で行動していることが多い。
川場村ではごく普通に出遭うことができる。
個体数が多く、ごく普通に見られるというと、ありがたみが失せるように感じるかもしれないが、そうではない。
その地域の生態系に最も強い影響を与えるのは普通種なのである。

ありふれた普通種の保護こそ、最も真剣に考えなければいけない課題なのだ。
もちろん、絶滅が危惧されるような種の保護が不要だなどと言うつもりはない。
けれど、自然を、生態系を守る上で忘れてはいけないのが、希少種が生態系のなかで果たしている役割よりも、普通種のそれの方が大きいという事実である。

環境調査の報告書や自治体のパンフレットなどには、希少種の存在ばかりがクローズアップされるが、そうした風潮は大きな危険性を孕むものであることを忘れてはいけない。

20090114 ホオジロ(中野地区)
NIKON D300 70ー300

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2009年1月29日 (木)

『野にあそぶ』

20090129noniasobu_2斎藤たま:『野にあそぶ -自然のなかの子供』、平凡社(2000年初版)

またまたいい書籍にめぐり会うことができた。

この本は、1974年に、同社より出版された単行本を“平凡社ライブラリー”シリーズの一冊として再録したものだ。

著者の斎藤たまさんは、子どもの遊びが地域によって様々であることに興味をもち、全国をご自分の脚でまわった成果を一冊に纏めた。

地域地域の70~80代の方々に子どもの頃を振り返ってもらい、当時既になくなりかけていた遊びを丹念に記録したというので、この本に収録されているのは、ほぼ百年前の子ども達の遊びなのだ。

とうぜん、貧しい時代でもあったし、各種の技術も未発展であったので、子ども達は野にあるものを使って遊んでいた。

草笛に草人形、トンボ釣りにメジロ追い。
全国各地の子どもの遊びが、全国各地の草花や虫や動物たちとともに紹介されている。

子どもにとっていかに自然が大切であるのか。
子どもの遊びに必要だというだけで、立派に自然を守る理由になる。

川場村についても、タケニグサで作る草笛や、オキナグサを使った人形遊びが紹介されている。
著者が川場村を訪ね、記録に残してくれたことがとても嬉しかった。

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後山のテン

20090129tenn

以前にこのブログでも紹介した、内山節さんの『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』にも登場するのだが、キツネやタヌキとならんで、テンも人をだます動物であった。

「狐七化け、狸八化け、貂(テン)九化け」とも云われ、むしろキツネやタヌキよりも怪しい存在であったようだし、福島県の一部などでは、雪崩によって死亡した人間が化けたものと考えられていたらしい。

古い文物の膨大な所蔵で知られる奈良国立博物館では、テンのミイラ化した死体が、龍の一種である“虹龍(こうりゅう)”の遺存体として所蔵されている。

テンが人々にとって不思議な存在であったことをよく示してる。

一方で、テンは、狩猟対象獣として人々の生活と密接な関係を持つものでもあったようだ。
特に、冬に顔面の毛色を白く換え、体色を夏よりも鮮やかな黄色に換えるものを“キテン”と呼んで、最高級毛皮として高値で取引されていた。
各地に残る「テン捕りは二人で行くな」という諺は、猟の成果を独り占めしたくなった猟師が、もう一人を殺しかねないというものである。

友好の森でも、後山でもテンが記録された。
川場村の人々にとってテンはどのような存在だったのだろうか。

20081206 テン(後山)
自動撮影装置

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2009年1月28日 (水)

『手に職。』

20090127tenishoku

森まゆみ:『手に職。 』、ちくまプリマー新書、(2008年初版)

川場村ファンの日向さんから一冊の新書を紹介してもらった。

タウン誌ブームの火付け役になった森まゆみさんの手による一冊だ。
『谷中・根津・千駄木』は、東京のある一地域のあるがままの姿を、けれど卓越した観察力(面白がる能力)で活き活きと紹介する地域限定出版物だった。
およそ、その地域に生活する者にとってのみ有用な情報だけしか盛り込まれていない地域限定出版物であるのに、全国にファンをつくった。

本書は、大都市東京に仕事場をもつ職人にフォーカスをあて、その人となりから、仕事の風景、人生観までを切りとった珠玉の一冊である。

鮨、大工、三味線、江戸和竿等々、江戸そして東京の生活を彩る20名の職人に対する聞き書きは、人口の8割をサラリーマンとその家族が占めるようになったわが国において、珍聞・奇聞に類するものとして感じられるのかもしれない。

モノを作るということの不器用さ。
モノを作るということの面白さ。
モノを作るということの正直さ。

そんなことを、真っ直ぐに伝えてくれる一冊だ。

農業や林業の大切さは、単に生活に必要な物資を生産することに留まらない。
もちろん、「環境」をまもるなどということに集約され、十把一絡げに語られるべきものでもない。
人が生きていく上で、貴賤上下の区別なく、必要とするモノを作る人々の営みの眩しさを再確認させてくれる一冊である。

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2009年1月26日 (月)

『森林の崩壊』

20090126sinnrinnnohoukai白井裕子:『森林の崩壊 -国土をめぐる負の連鎖-』、新潮新書(2009年初版)

ともかく、この本の著者は怒っている。
自分にとって大切なものを蹂躙されて、怒りを露わにする者の話を聞くことは、時として爽快ですらある。

著者は、「河川流域」をキーワードに据え、森や水などを我々の生活に関わる社会基盤として捉える、工学分野の研究者であり、建築家である。

世界に冠たる林業国であるはずのわが国が、林業を、木材産業を、そして木造建築の現場をないがしろにする構造を平静な文章で解説しながら、胸の内の怒りが行間に滲む一冊である。

本書は、まず、わが国の森林の現状を紹介し、次いで、日本人と木造住宅文化の関係を整理し、現在の補助金行政や公共事業投資のあり方に疑問を投げかけ、最後に、大工の棟梁たちへの聞き取り調査をもとにした“現場の声”で締めくくられている。

森林(やま)づくりを進める上で、欠くことのできない重要な柱として“林業”がある。
木材生産を通じて、森林を育み、人と森林を結んできた産業である。

川上で森林を守り育てることを目指す者にとって、木材をめぐる川下の動向を知ることも大切だ。

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2009年1月25日 (日)

後山のノウサギ

20090125nousagi

12月5日に後山で記録されたノウサギ。

正式和名は“ニホンノウサギ”という。
ニホンノウサギには、4つの亜種があり、隠岐諸島に生息する“オキノウサギ”、佐渡島に生息する“サドノウサギ”、そして本州には“トウホクノウサギ”と“キュウシュウノウサギ”の2種が確認されている。

キュウシュウノウサギは、基本的に雪のない地方の亜種で、冬になっても淡褐色の毛色が変わることはない。

これに対してトウホクノウサギは、夏にはキュウシュウノウサギと同じ淡褐色の毛色をしてるが、降雪が近づくと耳の先の黒毛を残して、全身が真っ白の冬毛に覆われる。
雪の中で目立たない保護色であると考えられている。
その他にも、トウホクノウサギはキュウシュウノウサギに較べて足の裏の面積が大きいのだという。
これも、雪上を走り回るための適応だと考えられている。

面白いことに、川場村では、この両亜種を見ることができる。
以前に紹介したように、ニホンカモシカも灰白色のものと、真っ黒に近いものとを見ることができる。
豪雪地帯と寡雪地帯の狭間に村があるということなのだろう。

雪の多い年には、トウホクノウサギが生息数を増やし、雪の少ない年にはキュウシュウノウサギが数を増やすというようにして、長い間バランスをとってきたのかもしれない。

20081205 キュウシュウノウサギ(後山)
自動撮影装置

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2009年1月24日 (土)

『森はよみがえる』

20090124morihayomigaeru 石城謙吉:『森はよみがえる -都市林創造の試み』、講談社現代新書(1994年初版)

つい先日、『森林と人間』という一冊を紹介したが、本書は、同氏による15年前の上梓。

『森林と人間』は、定年退官後の著者が演習林の再建にかけた半生を振り返りつつ纏めた好著だったが、本書は、著者が現役時代に執筆している。

刊行時には既に仕事の大略はなされているものの、演習林改革のただ中で執筆された奮闘記である。
それだけに、記述内容が具体的で、現場担当者の苦労や喜びがストレートに伝わってくる。

著者は、本書の冒頭で都市林整備の方向性、あるいは理念を次のように述べている。

曰く、「身近な自然のなかに住民の多様な生業、つまり日常的な生活行為を改めて持ち込むことなのだ。日本における近年の都市林の論議は、この観点が欠落したまま郊外における公園的な行楽地作りに直結してしまっている。」

そして、「公園的な整備をされる休養緑地では、それを担う主体は造園業の技術であって、林業の技術や労働の入り込む余地は全くない。林業の排除、つまり林地の生産性の否定によって緑地が確保されている」点を、当時の憂うべき現状として喝破している。

静かに全体を俯瞰する近著、『森林と人間』と併せ読むことで、私たちの森林(やま)づくりに一層の勇気と示唆を与えてくれる一冊である。

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後山のタヌキ

20090123tanuki

後山での自動撮影も、やっぱり一番多く記録されたのはタヌキだ。
写真は、1月19日の記事のキツネと同じ場所で撮影された一匹だ。

これまで20年間近く川場村に通っていても、肉眼でタヌキを見ることができたのはほんの数回に過ぎない。
それが、友好の森でも、後山でもこれほど沢山記録されるとは思ってもみなかった。

川場村全体では、いったい何頭のタヌキがいるのだろうか。
人前に姿を見せることなく、多くのタヌキたちが夜な夜な散歩を愉しんでいることを想像するだけでワクワクしてしまう。

ところで、まだ子どもの頃、新潟県の知り合いの家に泊まっていると、笹熊が捕れたと言って近所の人が訪ねてきた。
見るとタヌキなのだが、笹熊だという。
よくよく聞いてみると、タヌキには毛の模様で区別される6種類がいるのだという。
だから昔の人はタヌキのことを“ムジナ”と言ったというのだ。
漢字で書けば“六品”だろうか、あるいは“六科”だろうか。

そして目の前にいる一匹は、背中に笹の葉のような模様があるから、“ムジナ”のなかでも“笹熊”と呼ばれる種類なのだという。
子ども心に、ものすごい説得力のある説明だった。

しかし、今になって、このときの話の信憑性を調べてみようとしても、どうしても類似の説明が見つからない。

一番よく目につく説明は、ムジナとはアナグマの別名であり、タヌキも混同して呼ばれる場合がある、というものだ。
川場村でも、ムジナといえばアナグマを指している。
真相を知りたいところである。

20081204 後山で記録されたタヌキ
自動撮影装置

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2009年1月23日 (金)

●温故知新

“上農は草を見ずして草を除き、中農は草を見て草を除き、下農は草を見ても草を除かず”
“下農は草をつくり、中農は稲を作り、上農は土をつくる”
“下農は葉を見る、中農は根を見る、上農は土を見る”

何れも異音同義。江戸時代以前から伝えられてきた智恵である。

優れた農民を“上農”、駄目な農民を“下農”と称している。

なんと含蓄のある言葉だろうか。

森林(やま)づくりにも、そのまま当てはまる言葉だ。
強いて言うなら、“賢い林業者は土を見て、普通の林業者は樹木を見て、愚かな林業者は材を見る”とでも言うことができようか。

国内の森林の連年生長量(一年間に増える樹木の体積)は、少ない見積もりで6000万立方メートル、多い見積もりで8000万立方メートルといわれている。
一方、燃料としての利用を除き、国内の用材需要量は8000万から1億立方メートルで推移している。

単純な算数だ。

日本人は、日本中の森林が生長する量より多くの木材を使用している。
毎年使い続ければ、国内の森林は遠からずはげ山と化すことは明らかである。

それなのにどうして、「もっと木材を使え」と言うのだろうか。

ましてや、国内の森林の、すべての生長量を、どうして人間が独り占めできるかのように考えるのだろうか。

森林(やま)で育つ樹木は、その生を全うした後、土に還ることで次の世代の存在を可能にする。

木材の消費は、極力抑えるべきではないのだろうか。
そのうえで、使わなければならない木材は、国内で生産することが大切なのではないだろうか。

森林(やま)を守り、育てるうえで、世論に迎合することなく、確固とした理念を胸に抱くことが必要なのではないだろうか。

私たちの森林づくりに当たっても、目を曇らせることなく直視したいことである。

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2009年1月21日 (水)

『にっぽんの知恵』

20090122nipponnnotie 高田公理:『にっぽんの知恵 』、講談社現代新書、(2008年初版)

著者の高田公理(たかだ・まさとし)氏は京都大学理学部を卒業し、酒場を経営した経歴をもつユニークな社会学者である。
現在は武庫川女子大学で教鞭を振るっていらっしゃる。

本書は、2005年に、朝日新聞(大阪本社版)で連載された同名の企画を加筆・再録した一冊である。

書名からは、懐古主義的に、今はなき古き良き時代を振り返るような、よくあるタイプの書物と思ってしまうかもしれない。
しかし、本書で扱われるのは、銭湯・刀狩り・花見といった素材から、缶コーヒー・カラオケ・モバイルといった事象まで、実に多岐にわたっている。

著者は、「あまりにあたりまえすぎて誰もが気にもとめないモノやコト、戦後の急速な経済成長と引き換えに忘れてしまったモノやコトにあらためて光を当ててみる。…中略…あらためて「にっぽんの知恵」を学び直す-このことが、今後のわれわれの暮らし方の指針となり、あわせて現代社会の中に日本を位置づける出発点となるに違いない」という言葉で本書の冒頭を飾っている。

そして、ごく当たり前に、私たちの身の回りにある多彩な物事を紹介しながら、それらに通底するものは、関西で言う「ええかげん」だと結んでいる。
白か黒か、虚か実かという一元的な価値観ではなく、それらの間を柔軟に、しなやかに愉しみ、生きてきた「にっぽんの知恵」が本書では平明に解かれている。

森林(やま)づくりも、言うまでもなく主体は人間である。
その人間が、どのような文化的風土のもとに育ち、どのような価値観をもって生きているのかを直視しなければ、森林づくりが実を結ぶことはないだろう。

「人工の世界と大自然を分けながらつなぐ『縁側』空間」であるとして里山文化を読み解くこの一冊も、私たちの森林づくりにおおいに参考になるだろう。

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2009年1月20日 (火)

大寒

20090120daikann

今日は自戒の念を込めてお勉強。

壮大な話だが、地球上から見て太陽が地球を中心に運行するように見える天球上のラインを黄道と呼び、この黄道を太陽が一周するのにかかる時間を“太陽年”という。
要するに、太陽が同じ位置に戻ってくるまでの日数が古い時代の中国で数えられたということなのだが、これが365.24219日だというから恐れ入る。

この太陽年を24等分して季節を表すのが“二十四節気”だ。
春分を起点に、清明・穀雨・立夏と続き、ぐるっとまわって、大寒・立春・雨水・啓蟄で一回り。お馴染みの、夏至や秋分、冬至などもこのうちの一つである。

コンピュータもない時代に、どれほどの苦労でこの巡りを見出したのだろう。
何故、こんな途方もない努力が必要だったのだろうか。
やはり、自然との関係の中に人間が生きていたからに違いない。
注意深く、そして丁寧に季節を感じることが、生産にも生活にも必要だったからだろう。

現代のわが国で、どれほどの人々が季節の移ろいを大切に感じているだろうか。
自然を大切にするためには、自然を知ることが必要であることは言うまでもない。

“大寒”の今日。何にも知らない自分のためのお勉強でした。

20081226 なかのビレジからの雪景色
RICOH GR DIGITALⅡ

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2009年1月19日 (月)

ホンドキツネ

20090119kitune

友好の森に続いて、後山でもホンドキツネが確認された。

ホンドキツネは本州、四国、九州に生息し、北海道に住むキタキツネとともにアカギツネの亜種である。
このアカギツネは、北半球のほぼ全域に生息すると云われているが、生息環境の悪化に伴って個体数を減らしているといわれている。

日本人にとって、キツネといえば稲荷神社を思い起こすだろう。
“社(やしろ)”とは、集落の共同穀物倉のことで、穀物に害するものといえば湿気とネズミである。
湿気を避けるために高床式の建築様式が用いられ、ネズミを寄せ付けないために“ネズミ返し”が設けられた。
そして、社の入口にはネズミの天敵であるキツネが祀られたそうだ。
いなり寿司も、キツネの大好物である油揚げをネズミの形に仕上げたお供え物が原型だと伝えられている。

この穀物倉は、集落の人々にとって、まさに生活を支える大切な場所であったので、冬でも緑の葉をつける常緑樹が目印として植栽され、神を鎮守した。
穀物=“土”の恵みを“木”が守る場所として、古くは“杜”という文字があてられていたのだ。
時代とともに、神を表す“示”が“木”と置き換えられ、現在も用いられている“社”となったようだ。

“杜”は“もり”である。
農民が守り育てた“杜”の歴史を知ることも、森林(やま)づくりにヒントをくれそうだ。

20081117 ホンドキツネ(後山)
自動撮影装置

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後山のニホンカモシカ

20090119kamosika2_2
20090119kamosika_2

後山の山中の6カ所に自動撮影装置を設置して、昨年の11月7日より野生動物の生息確認調査を行っている。

写真のニホンカモシカの他、タヌキ、ホンドキツネ、テン、ノウサギが記録された。
なかでも、圧倒的に多く記録されたのはニホンカモシカとタヌキである。

ニホンカモシカは、基本的には単独か、雌と子どもの組み合わせで行動している。
また、比較的明瞭なテリトリー(なわばり)をもっていて、その中に他の個体が侵入すると追い払う行動も見せる。
そのため、ある地域における個体数の増大は、地域内の個体密度が高まるのではなく、生息域の拡大となって現れることが一般的であるようだ。

ところが、後山の場合、明らかに別の個体が数多く撮影されており、生息密度がかなり高いように思われる。
後山の調査はまだ2ヶ月あまりなので、手応え程度の情報しか得られていないため、はっきりとした答えを出すのは時期尚早である。

かつては“霊獣”とか“幻の動物”などと言われ、国の特別天然記念物にも指定されているカモシカだが、最近では個体数を増やしつつあるのが全国的な傾向のようだ。
川場村ではどうなのだろうか。
遭遇の回数など、経験的には全国と同様の傾向にあるように思えるが、もう少し調査を続行したい。

写真上:20081111(自動撮影装置・後山) 写真下:20081212(自動撮影装置・後山)

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2009年1月18日 (日)

キジ(雌)

20090118kiji001昨年末の12月29日のこと。

26日からまるまる3日間降り続いた雪がようやくやんで、すっきりとした冬晴れの日となった。

こどもやまづくり教室を終えての帰り道、雪景色の中に1羽の雌のキジを見つけた。

じっと大雪を耐えていたのだろう。
竹藪の縁の雪のないところに出てきて、まどろんでいるようだった。
3~4mの距離にまで近づいても、日だまりでのんびりとしている。
身体が冷え切って動けなかったのかもしれない。
まさか、雌鳥が狩猟対象となっていないことを知っていて鷹揚に構えているわけではないだろう。

狩猟対象といえば、キジの雄は狩猟の対象とされている。
雄キジは羽色が美しく、剥製として床の間を飾る他、肉はコクがあるのに、さっぱりとしていて食用としても人気が高い。
こどもやまづくり教室で講師をつとめていただいた猟師のヨシさんも、正月の雑煮の出汁と具にすると言っていた。

ところで、キジは日本の国鳥でもある。
多くの自治体が市町村の鳥としてもいる。
それなのに狩猟対象なのだ。

国鳥は手厚い保護のもとにおかれるのが一般的で、国鳥が狩猟対象とされているのは日本だけなのだそうだ。
しかも、国鳥としての指定理由の一つとして「狩猟対象として最適であり、肉が美味」ということがあげられている。
この事実については様々な意見がありそうだが、私は肯定的に理解したいと思う。
人との関わりの中で形成されてきた自然が豊富なわが国にふさわしい選択だと思うのだがいかがだろうか。

雪融け過ぎには沢山の雛を連れたキジに出遭えるかもしれない。

20090118kiji002_2

写真上:20081229 RICOH GR DIGITALⅡ
写真下:20081229 NIKON D80 70-300

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2009年1月15日 (木)

道祖神研究

20090115dousojin1卒業生から嬉しい便りが届いた。

川場村の道祖神を研究し、その論考が『道祖神研究』に掲載されたという。

川場村はとても多くの石仏や道祖神が現存する村である。
地域の人々の生活と結びついた信仰が川場村の風景を構成する要素となっている。

村人達は何を願い、何を畏れ歴史を紡いできたのだろうか。

川場村の歴史は農民を中心に刻まれてきた。そして農民が森林(やま)をつくってきた。

地域の歴史文化を丁寧にみることが森林づくりに必要である。

20090115dousojin2_2

末永千尋:「群馬県川場村における道祖神信仰-地域の形成と道祖神信仰の関わり-」、道祖神研究会:『道祖神研究』、2008.8.30.

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2009年1月13日 (火)

虚空蔵山

20090113kokuzousann001

最近、私たちの活動の場に加わった後山は、二つの頂上をもっていて、生品地区に近い方に後山の頂上、立岩地区に近い方に虚空蔵山の頂上がある。
地元の人々はそれぞれを呼び分けるが、行政上は二つを併せて“後山”と名付けれらている。

虚空蔵山には、その名のとおり虚空蔵菩薩が祀られており、山頂付近に年月を経た祠が建立されている。
虚空蔵菩薩とは、虚空のように無限の慈悲を表す菩薩で、福と智の二蔵の無量なことが、大空にも等しく広大無辺であることから名付けられた仏様だそうだが、この仏様は全国各地に風変わりな風習を生み出している。

20090113kokuzousann002 虚空蔵菩薩信仰の地では、ウナギを食べないのだ。
ウナギが虚空蔵菩薩の使いだからとか、虚空蔵菩薩の好物だからとか、様々な説があるようだが、ともかくウナギと虚空蔵菩薩を結びつけてウナギ食を禁忌としている地域が全国に点在している。
川場村の立岩地区もその一つなのだ。

信仰上の風習が現在に残るのには、必ずなにがしかの理由がある。
地域の生活や、生活と不可分な農業、そして地域の森林(やま)を考える際にはこうしたことも重要な手がかりとなる。

20081227 雪の虚空蔵山
NIKON D80 70-300

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2009年1月12日 (月)

川場ジュニアフォレスター誕生

20090112shuuryoushousho

昨年末の12月26日から29日にかけての3泊4日で実施した“こどもやまづくり教室”の最終日。

参加者一人一人に特別賞を添えた“川場ジュニアフォレスター認定証”を手渡した。

特別賞は、教室の開期中をとおして、リーダーとなった大学生たちが参加者をしっかりと見つめ、一人一人それぞれに頑張った点を表彰した。

地元の方に熱心に質問をした子どもには“ベストインタビュー賞”。
発表会用の壁新聞づくりに張り切った子どもには“川場ペンクラブ賞”。
自炊に力を発揮した子どもには“料理名人賞”。
32名の参加者に32通りの特別賞が授与された。

写真で子ども達が手にしているの認定証は、川場村産のスギの木を薄くスライスしてつくられたリボン状の薄片を“ほぐし織り”という技法を用いて網代編みにした特別製だ。
製作は、群馬県水上市(旧新治村)に本拠地をおくNPO法人“里山の学校”
木材の有効な活用と障害者の就労機会の創出との両立を図った活動を展開する組織だ。
木材を0.2mmほどの薄さにスライスする技術と、その薄片を布織物のように加工する技術を開発し、それらを武器に活発な活動を展開している。

4日間をとおして川場の森林に浸った子ども達には何よりのプレゼントとなったのではないだろうか。

20081229 認定証を手に記念写真
RICOH GR DIGITALⅡ

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2009年1月11日 (日)

体験発表会

20090111happyoukai001今回のこどもやまづくり教室でも、川場村の方々に大変お世話になった。

リンゴ農家、民宿経営者、乾燥芋生産者、畜産業者、蒟蒻農家のお宅を班ごとに訪ねた。

仕事のこと、生活のこと、子どもの頃のこと、野生動物との関わり等々、様々な質問に答えていただいたり、見学をさせていただいたり、子ども達には、見ることも聞くことも初めてのことが多く、とても充実した時間を過ごさせていただいた。

晩には、お世話になっ20090111happyoukai002た方々を宿舎にお招きし、子ども達の手作り料理でお腹を満たしてもらった後は、昼間に伺った話を中心にした発表会だ。

子ども達は、カチンコチンに緊張しながらも一生懸命に発表を行った。

子ども達の様々な体験は、こうして発表を前提として振り返り、まとめることで、より確かなものになる。
そうでないと、友達とふざけあって楽しかったことやスタッフの冗談が面白かったことなどに体験が飲み込まれてしまうのだ。

20090111happyoukai003_2 世話になった方々には、二重のご迷惑をおかけしてしまうのだが、地域の振興のため、森林(やま)づくりのためとご理解をいただいている。

子ども達の心にしっかりと残る、素晴らしい体験となったに違いない。

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2009年1月10日 (土)

『森林と人間』

20090110sinnrinntoninngenn 石城謙吉:『森林と人間 ある都市近郊林の物語 』、岩波新書(2008年初版)

1973年4月下旬、北海道大学苫小牧地方演習林に若い林長が赴任した。

本来、自然の理解のための観察(モニタリング)と記録(インベントリー)を基調とする“自然誌(ナチュラルヒストリー)”と実験科学とを両輪として発展すべき科学が、あまりにも実験科学に偏ったものになりつつあることに危惧を感じていたこの林長は、演習林を自然誌を重視する“フィールド・サイエンス”の拠点として再生することを夢見て自ら進んでこの地に赴任した。

そのための努力を続ける一方で、地域住民がこの演習林をしばしば訪れ、それぞれの愉しみ方をしている姿を見たこの林長は、演習林のもう一つの重要な役割に気づく。
市民を積極的に受け入れ“休養林”として整備・開放することも、都市近郊に存在するこの演習林の大きな役割であるということだ。

そして、フィールド・サイエンスの場としての演習林と、市民の休養林としての演習林のあり方は決して矛盾するものではなく、両立が可能であるとして、以降の演習林の二本柱となってゆく。

この林長こそ、本書の著者である石城謙吉(いしがき・けんきち)氏だ。
本書は、動物生態学分野の研究を進める一方で、23年間にわたり演習林改革を実行し続けた石城氏が、自らの半生を振り返り纏めた一冊である。

当時、北海道大学のお荷物であった荒れ果てた演習林を再生した実績は、苫小牧地方演習林に留まらず、北大の有する広大な研究施設の改革へと拡大し、“北方生物圏フィールド科学センター”の設立という形で結実することになる。

私たちの“友好の森”には、科せられた3つの役割があると思っている。
一つは、森林の所有者や地域社会に向けた還元。
もう一つは、“友好の森”に生きるものたちの保護。
3つ目には、人々が安らぎ学ぶ機会と場の提供。
この3つの役割を、現状以上に発揮することができるように森林(やま)づくりを続けていきたいと思っている。

私たちの森林(やま)づくりに、強い刺激と大きな示唆を与えてくれる一冊に巡り会うことができた。

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2009年1月 8日 (木)

テンの雪だるま

20090108yukidaruma

12月27日に子ども達がつくった雪だるま。

前の晩に、川場村に生息する野生動物の話を聞いた子ども達が、さっそくテンの雪だるまをつくってくれた。
ちょっとオットセイみたいにも見えるけれど、断じてテンなのだ。

総じて地味な色合いの動物が多い日本で、あんなにも鮮やかな体色の動物がいることに驚いたのか。
そして、その動物が私たちのフィールドである“友好の森”を夜な夜な歩き回っていることに思いを馳せて、胸をときめかせてくれたのか。

結局、降りしきる雪の中で、今回は子ども達がテンと出遭うことはできなかったが、それもまたいい勉強になったことだろう。

20081227 子ども達がつくったテンの雪だるま(中野地区友好の森)
NIKON D300 28-200

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2009年1月 7日 (水)

自動撮影の記録(友好の森)

20090107jidousatuei

2008年12月6日から22日までの間に、友好の森で記録されたのは写真の4種類。
タヌキ(左上)、ノウサギ(右上)、テン(左下)、ニホンジカ(右下)だ。

8月上旬から稼働させている自動撮影装置だが、ノウサギが初めて記録されたのが10月に入ってからで、その後はすっかり常連になっている。
動物の種類毎に季節変動があるのだろうか。
これからの本格的な冬期間と、その後の春から夏にかけての記録が揃えば、ある程度の傾向を見ることができると思う。

雪が苦手なニホンジカとイノシシの動きも注意していきたい。

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2009年1月 5日 (月)

『ニホンカモシカのたどった道』

20090105nihonnkamosikanotadottamiti 小野勇一:『ニホンカモシカのたどった道 -野生動物との共生を探る-』、中公新書(2000年初版)

かつて“幻の動物”と呼ばれるほどに個体数を減らし、国の特別天然記念物に指定されたカモシカが、植林地に被害を与え駆除申請が相次ぐ“害獣”としての顔を持ち始めた。

私たちのフィールドである川場村でも、動物調査の目的で設置した自動撮影装置(カメラトラップ)にもしばしば記録される他、目撃情報も近年増加傾向にある。

森林(やま)づくりに関わる者にとって、野生生物との共存の問題は避けては通ることのできない重要な問題となってきている。
この問題を考える際に、徒な感情論に因ることは避けなければならないし、ましてや厭世家の夢想に結論を任せることもできない。

著者の小野氏は、九州大学理学部に籍を置き、その半生をカモシカ研究に捧げた動物生態学者である。

本書は、カモシカの生理・生態を平明に解説した上で、人間社会とカモシカの生息の併立の道を探る構成となっており、まさに地に足のついた自然保護論が展開されている。

森林を構成する様々な生物の営みを正しく理解すること、そして地域社会の歴史性を含めた特徴を見据えること、その何れを欠いても森林を保全することはできない。

森林(やま)づくりに関わるメンバーに一読を勧めたい一冊だ。

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雪の中の散策

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20090105yukiaruki002

12月26日から始まった“こどもやまづくり教室”は、それまでの好天とはうってかわって大雪に見舞われた。
しかも、3泊4日の行程中、すきっと晴れたのは最終日のそれもほんの一時のことだった。

世田谷から参加した子ども達と、川場の子が合流した後は、メインフィールドとなる“友好の森の”散策に出かけた。

子ども達の膝上に達する新雪をラッセルしながら動物の痕跡を探したが、見つからない。
動物たちもどこかでじっと身を潜めているのだろう。
足跡さえも見つからない。

同じように雪が降っているのに、積もった雪の深さが違うところがあるのはどうして?
雪が積もっている葉っぱと、積もっていない葉っぱがあるのはどうして?

子ども達に沢山の?を投げかけながら、雪の中を進んだ。

ようやく“ヒロイド原”に到達すると、そこは一面の銀世界。
まだ誰の踏み跡もない真っ白な大地に子ども達は踊り出していった。

20081216 雪の中のフィールド散策
NIKON D300 28-200

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2009年1月 4日 (日)

野生動物生態学

20090104matubayashisennseito001

話は前後するが、“こどもやまづくり教室”初日(12/26)の晩は、東京農業大学の松林先生を特別講師に迎えて野生動物の生態についてのお勉強。
松林先生は国内外で野生動物の生態を研究する第一線の研究者だ。

世田谷からの移動の疲れもあるにも関わらず、子ども達の真剣なこと。
疲れているうえに、夕ご飯をたっぷり食べて満腹な中でのスライドを使った講義など、大人でもついウトウトするシチュエーションをものともせずに、食い入るように聞いてくれた。

日本には何種類の哺乳動物がいるの?
そのうち一番多いのはなんの仲間?
川場にはどんな動物が暮らしているの?
“反芻”ってなに?
動物の調査の方法は?
カメラトラップってどうやって仕掛けるの?
野生の動物と人間のあいだに起こっている問題は?
森林と動物の関係は?
何種類もの動物が同じ場所に暮らしていけるわけは?
etc.

20090104matubayashisennseito002様々なことを勉強した後は、腕章が一人一人に交付された。
「これからの4日間、皆さんは川場の動物調査に従事してもらいます。動物の調査は、きちんと勉強した人でないと動物の生息の迷惑になってしまうこともあります。森林(やま)は樹木だけからできているのではありません。森林に生きる動物について知ることはとても大切なことなのです。」

腕章を手渡されたときの子ども達の誇らしげな表情が忘れられない。

20081226 野生動物の講義と腕章交付
NIKON D300 28-200

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2009年1月 2日 (金)

猟師のヨシさん

20090102ryousisann

12月27日の晩は、“こどもやまづくり教室”の参加者たちと猟師さんのお話をうかがった。

今回の“こどもやまづくり教室”の統一テーマは“動物”だ。
野生の動物の生態について調べた後で、人々が動物とどのように関わってきたのか、地元のベテラン猟師さんであるヨシさんを講師に招いて教えていただいた。

20090102emono川場村には、もう狩猟で生計を立てる人は、だいぶん前からいないこと。

狩猟をするのは食べるためであること。

狩猟の許可を得るには、いろいろな勉強をした上で3種類もの免許を必要とすること。

生き物が好きだから狩猟をしていること。

だからこそ、狩猟をする人ほど動物を大切に思っていること。

子ども達は、様々なお話に目を輝かせて聞き入っていた。

子ども達に話をするというので、ヨシさんは猟銃を持参し、狩猟用のベストを着用し、狩猟許可証等を携え、獲物のキジまでもって駆けつけてくださった。

「動物を撃つのは可哀想だと思いませんか?」というこどもの質問に、ヨシさんは「もちろん可哀想です。でも、他の動物を食べないと人間も生きていけませんからね。」と優しく、けれどもきっぱりと答えてくれた。

動物を知り、人間と動物の関係を知ることによって、子ども達は森林(やま)づくりについて、ペットを飼ったり、観葉植物を愛でるのとは違った感覚を身につけてくれたに違いない。

20081217 猟師のヨシさん(なかのビレジ)
RICOH GR DIGITALⅡ

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2009年1月 1日 (木)

◇◆迎春◆◇

20090101ganntann

あけましておめでとうございます!

2008年中も、川場村にお住まいの多くの方々や、種々の活動へご参加下さった皆様、ともに活動をつくり続けてくださった関係者の皆さんのおかげで、たっぷりと川場村を堪能させていただくことができました。
心から御礼申し上げます。

多くの方々にご迷惑をおかけしながらの私たちの活動が、川場村の振興や森林(やま)の保全に対して僅かでもお手伝いができているとよいのですがいかがだったでしょうか?
その答えが出るのにはもう少し時間が必要かもしれません。

2009年も、私たちの森林(やま)づくり活動と川場村の様子をこのブログから発信させていただきたいと思っています。
どうぞよろしくお願い申し上げます!

20090101tannkakugyuu川場村では、美味しいけれど高価で脂肪過多の黒毛和種に替わって、安価で健康にも良い短角牛の生産が始まりました。
赤茶けた体色と白い角が標準のかわいい牛です。
丑年にちなんでどうぞご賞味下さい!

写真上:20070809 牧場でのんびり(川場牧場)
NIKON D80 70-300
写真下:20081228 期待の短角牛(横坂牧場)
RICOH GR DIGITALⅡ

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