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2010年9月の18件の記事

2010年9月30日 (木)

ツリフネソウにマルハナバチ

20100930maruhanabati

紫色のちょっと変わった花はツリフネソウ。
ツリフネソウ科ツリフネソウ属のツリフネソウなのだから、まさに正統派である。
花壇を彩るホウセンカやインパチェンスなどとも近縁で、熟れた実に触れるとパチンとタネを飛ばす。

このツリフネソウを見ていると、一匹のマルハナバチが羽音を立てながらやってきた。

ちゃんとマルハナバチのために着陸用の足場まで用意されている。
まずは、足場となる花弁に着地すると、滑るように袋状の花の中へ潜り込んでいった。
この花の蜜はは、一番奥のくるりと巻いた“距”にあるので、潜っていかなければ蜜にありつくことはできないのだ。

全身を花の中に潜り込ませて数秒すると、マルハナバチは後ずさりをしながら花から出てきた。
花の中は、くるりと向きを変えられるほど広くはないのだ。
実は、このサイズに秘密がある。

袋状の花の天井部分に雄しべが用意されていて、蜜を求めてマルハナバチが入り込むと、背中に雄しべがくっついて花粉を背負わせる仕組みになっているのである。
中が広ければ、花粉が背中につかない可能性もある。
そのため、マルハナバチの体格に合わせたサイズの花を咲かせているのだ。

写真は、マルハナバチがツリフネソウの花から出てきたところ。
背中に何かを着けられてしまったのが分かるようで、脚で一生懸命に取ろうとしているようだ。

けれど、ほんの数回ポリポリと掻くと「気にはなるけど、まあいいや」とばかり飛び立って、次の花を探していた。

ツリフネソウとマルハナバチは、互いの存在を利用しながら進化してきたと云われているが、進化には気の遠くなるような時間が必要だ。
どれほどの時間を、この両者が相身互いでやってきたのか、想像するだけで愉しくなるではないか。

20100920 ツリフネソウとマルハナバチ(中野地区)
NIKON D300 28-300

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2010年9月29日 (水)

サラシナショウマ

20100928sarasinashouma

突然秋がやってきた。
朝晩などは、涼しいのを通り越して、寒いとさえ感じる。

そうした秋の訪れをどのように察知しているのだろうか、サラシナショウマが花を咲かせ始めていた。

サラシナショウマは、キンポウゲ科の多年生草本。
漢字では“晒菜升麻”と書き表される。

“晒菜”は、花茎が立ち上がる前の若い葉を茹でた後、水で晒して食したことから付けられた。
清流に1~2日間も晒したというから、よほどのアクやえぐみがあるのだろう。
生きていくために先人達が為した工夫には、ただただ感服である。

“升麻”は、この植物から得られる生薬名で、秋に根茎を掘り採り、乾燥したものをいう。
解熱、解毒、強壮の効能をもち、他の生薬と配合し、様々な漢方薬に利用されている。

花自体はとても小さいが、多くの花がブラシのように集まる(穂状花序)ので、秋の森林(やま)を彩る存在である。

20100920 サラシナショウマ(谷地地区)
NIKON D90 105MICRO

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2010年9月26日 (日)

勝負の季節

20100926sika2_2 

太郎地区に仕掛けた自動撮影装置に一頭のニホンジカが写っていた。
かなりの巨躯を誇る雄鹿である。
頭上に頂いた三叉四尖の角も立派なものだ。

雄鹿が角を発達させる仕組みは以前にも紹介したが、2ヶ月ほどもない短い秋に雌を射止めるための道具なのである。

雌の心を掴むための装飾具でもあり、他の雄と雌を賭けて戦うための武器でもある。

春先から伸ばし始めた“袋角”が生長を止め、堅く鋭い武器になるのがちょうど今ごろの時期なのだ。

写真は、今年初めて記録された、袋のとれた角を持つ鹿である。
全国を襲った酷暑が鹿達にどのように影響するか心配していたのだが、角の発達についてはほぼ例年どおりに進行していると考えてよさそうだ。

ところで、この雄鹿。
よく見ると、せっかくの立派な角にクズの蔓が絡まってしまっている。
葉のしおれ具合などから見ると、そう長い間つけているのではなさそうだが、外そうともがいた結果だろうか、グルグルと絡んでいて、なかなか外れそうにない。

雌鹿には、この姿がどのように評されるのだろうか。
立派な角に食事付きということで雌の心をつかむアイテムとなるのかどうか。

20100926sika1_2 

「と…とれない…、気になる…」

とでも云っているような表情に見えなくもない。

20100910 角に蔓が絡んだ雄鹿(太郎地区)
自動撮影装置

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2010年9月25日 (土)

野生動物を考える

20100924tarou

太郎地区の方々から、大日堂の念仏講に招いていただいたので、少し時間を頂戴し、地域の野生動物調査の途中経過の報告をさせてもらった。

センサーカメラ(自動撮影装置)の紹介や、それによって写しとめられた野生動物の姿を見ていただき、どのような動物がこの地区に棲息しているのかを説明した。

すると、誰それの畑にもクマが出たとか、どこそこの家でハクビシンがいたとか、私の拙い話を補足してくれる情報が次々に飛び出してきて、とても活気のある時間となった。

やはり、この地域は鳥獣害が深刻なのだ。
だからこそ、皆が皆、熱心に参加してくれた。

地域の方々が経験則によって知っていることがかなり正確な面もあれば、逆に勘違いをしていたり、ある種の動物の存在に気付いていないような面もあることをお話しすると、「ああ、そういうんかい(ああ、そういうものですか)」という声があちらこちらから上がった。

「やっぱり、ちゃんと勉強しなくちゃダメだいねえ」
「おれんちの畑にもカメラ仕掛けてくれよ」
「次は、いつ来るんかい」

調査や研究を進め、地元に還元するための沢山の宿題とヒントを戴き、とても楽しく有意義な時間を過ごさせていただいた。
そして、苦境に立たされながらも、明るく、強く団結する地域の方々の姿に励まされた晩となった。

20100923 

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2010年9月24日 (金)

大日堂の念仏講

20100923tarou1

川場湯原地区に“太郎”という集落がある。

生品や天神、立岩などという集落が、比較的平坦地に拓けた、典型的な農村地帯であるのに対して、この太郎は集落に山が迫る山村地帯である。

集落の東西を挟むように尾根がはしり、その間の沢沿いの僅かな土地に農地と集落が展開し、現在、18戸(登記上は19戸)の家がこの集落を守っている。

そうした地形的な制約もあり、村内でも過疎化と高齢化に悩む地域なのだが、追い打ちをかけるように野生動物による被害も深刻化している。

こうした地域の活性化に幾ばくかでも役立てばと思い、野生動物の生息状況や、農業被害の程度、そしてそれらに対する住民感情などに関する調査を行ってきた。

そうした縁もあり、昨日(9月23日)、地域のお祭りに招いていただいた。

毎年秋になると見事な黄葉を見せてくれる“太郎の大銀杏”のもとにある大日堂で開かれる祭りだ。

祭りといっても、歌舞音曲夜店がでるような祭りではない。
地域の住民が行う“念仏講”が中心の静かな祭りである。
ささやかな酒肴で談笑した後は、お堂の中に据えられた大日如来像を拝み、皆で念仏を唱える。

“祭り”の原点は“祀り”であることを思い出した。
連綿と続けられてきた地域文化の一端に触れたように思う。

20100923tarou2

ふと、堂内の天井を見上げると、歳月を重ねて飴色に輝く天井板の一枚一枚に見事な絵が描かれていた。

こうした装飾が施された意味も、いつの頃の作なのかも今のところ分からないが、不思議なほどに魅了された。

絵の意味が理解できた時には、今よりも、もう少し川場村を理解できるのではないかと思う。

20100923 大日堂の念仏講(太郎地区)

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2010年9月21日 (火)

秋はアケボノ

20100921akebonosou

ふじやまビレジから21世紀の森に向かう林道沿いで、今年もアケボノソウに出遭うことができた。

アケボノソウは秋の花だ。
川場村の短い秋の訪れをしらせてくれる。

以前にも紹介したように、花びらの模様を明け空の月と星に見立ててこの名が付いた。
一枚の花弁に2個ずつ並ぶ薄緑色の点は蜜線で、それでは心許ないのか、黒い斑点は、花粉をはこんでくれる虫を集めるための装飾なのだそうだ。

一輪一輪の花は、直径1cm半ほどだろうか、その存在を知らなければ足下にあっても通り過ぎてしまうだろう。
けれど、近づいてみるとこんなにも可憐で、美しい花なのだ。

この花が散る頃になると秋も深まり、木々も、虫たちも、動物たちも冬支度を急がなければならない。

20100920 アケボノソウ(天神地区)
NIKON D300 28-300

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2010年9月20日 (月)

ヤマネが!

20100920yamane

この夏に、小学生たちと仕掛けたヤマネの巣箱、まさかこんなに早く成果が現れるとは思ってもみなかった。

やはり、ちゃんと棲息していたのだ。

最初に記録されたのが、9月15日の23時頃、そして2度目の記録が9月19日の深夜一時近く。
友好の森に設置したのが、8月3日だから、一月半ほどで彼らが訪れてくれたことになる。

上の写真は、2度目の記録だ。
やや強引に引き延ばしたものだから、画像は不鮮明だが、頭の後ろのほわほわした毛や、背中を走る黒いライン、ほっぺたを撫でたら気持ちがよさそうな尾っぽ、間違いなくヤマネである。

1枚目の記録は、巣箱の巣穴をのぞき込んでいる姿、そして、2枚目のこの写真は巣箱のすぐ傍を、頭を下にして移動中の姿である。

実は、この巣箱には、カマドウマ(コオロギの仲間)や蛾がよく入り込んでいた。
もしかしたら、ヤマネには格好の餌場として認識されたのかもしれない。
気まぐれで放浪癖のあるヤマネのことだ、散歩の途中でちょっと立ち寄っただけなのかもしれない。
いずれにせよ、これからの観察で明らかになることだろう。

現場で、素直にガッツポーズだなんて何年ぶりのことだったろう。

20100919 ヤマネ(友好の森)
自動撮影装置

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2010年9月18日 (土)

患うクマバチ

20100918kumabati

後山の見晴台の辺りでは、夏から秋にかけての比較的長い間、何匹かのクマバチがテリトリー(縄張り)を張って飛び回っている。

テリトリーをもつのは雄のみで、雌が自分のテリトリーに入ってくるのを待っているのだが、テリトリーに入ってくるものがいると大急ぎで翔んでくる。
そして、まずは同種の雌であるかどうかを確認し、それが雌であればプロポーズに移るのだが、同種の雄はもちろんのこと、蝶やトンボ、鳥などにさえも攻撃を仕掛け、追い払おうとする。

人間相手に攻撃は仕掛けてはこないが、まとわりつくように翔びまわることがある。
蜂の針は、産卵管が変化したものなので、当然、雄のクマバチにも針はなく、彼らが刺すことはなく、知らない者は怖れて大騒ぎをするが心配は無用。

この日も、私の周囲を翅音を立てながら翔びまわる一匹のクマバチがいた。

そうしたこと自体は、いつものありふれた光景だったのだが、このときの個体が妙に白っぽく粉を吹いているように見えたことが気を惹いた。
花粉を付けているのともどうも違うようだ。

いろいろと調べてみると、“白彊病(はくきょうびょう)”に冒されている個体だったようである。
この病気は、昆虫病原性糸状菌のうちのボーベリア菌が生きている昆虫に感染して起こる病気で、様々な昆虫が感染するため、養蚕が盛んだった頃は怖ろしい病原菌として意識されていたようである。

最近では、松枯れの原因となるマツノマダラカミキリの防除にこの菌を用いる研究もなされていると聞く。

生きながらにして体中がカビに覆われ、死に至る。
想像しただけでもゾッとするが、これもまた自然の姿なのである。

20100902 白彊病に冒されたクマバチ(後山)
NIKON D90 70-300 トリミング

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2010年9月16日 (木)

ママコナ

20100916mamakona

今月の初めに、川場村と沼田市にまたがる“21世紀の森”まで足を延ばしてきた。
ここは、村内では珍しくブナの巨木が見られる地域で、ツキノワグマの痕跡もとても濃いところだ。

林道を歩いていると、法面に見慣れぬ、濃い紫色の花が咲いているのに気づいた。
私は初めて見る花だ。
写真に収めて帰り、植物の専門家に同定を依頼するとゴマノハグサ科の“ママコナ”という植物だと教えてくれた。

花や葉の形から、種までは分からないがシソ科に違いないと断じていたのだが、ゴマノハグサ科だというからすっかり自信を無くしてしまった。

そして、“ママコナ”という聞き慣れない名前についても勘違いをした。

タデ科の植物で“ママコノシリヌグイ”という植物があるのだが、漢字で書くと“継子の尻拭い”というなんとも怖ろしい名前が付いている。
川場村では未確認なのだが、怖ろしい名前が印象的で記憶に残っている。

その昔、紙が高級品だった頃は、葛などの植物の葉をトイレで使用していたそうである。
継母(ままはは)が自らの腹を痛めた子ではない継子(ままこ)に嫌がらせをするために、軟らかな葉と、この“ママコノシリヌグイ”をすり替えたのだというのが、この植物の名の由来なのだそうだ。
それほど、この“ママコノシリヌグイ”には鋭い棘が生えているのだ。
ちなみに、韓国では“嫁の尻拭き草”というのだそうだから、どこでも似たような怖ろしい発想をするものである。

さてさて、話は“ママコナ”である。

この名を聞いたときに真っ先に浮かんだのが、“ママコノシリヌグイ”だったので、“ママコナ”は“継子菜”のことで、とてつもなく不味いのだろうと早合点をした。
調べてみると大違いで、“ママコナ”は“飯子菜”であった。
“飯子”はご飯粒を意味する。

花弁(花唇)に白い楕円形の隆起が見られるが、これをご飯粒に見たてたというのが定説だが、別説では、種子がご飯粒に似ているからとも云われている。

全国の森林の、乾燥気味で痩せた土地に生育する半寄生植物である。
“半寄生”というのは、自らも光合成を行い、寄生しなくても生長するが、イネ科やカヤツリグサ科の植物が近くにあると、その根に寄生するという生態を指している。

20100903 ママコナ(21世紀の森)
NIKON D90 105MICRO

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2010年9月15日 (水)

コフキゾウムシ

20100914kohukizoumusi

仕掛けてあるセンサーカメラ(自動撮影装置)のデータを回収するために後山に足を延ばすと、一見夏と変わらぬようでいて、それでもちゃんと秋が訪れつつあった。

そういえば9月に入り、まだまだ汗ばむ日が続くものの、時折吹く風は秋のそれに変わってきた。

優雅な姿を楽しませてくれていたオカトラノオもすっかり花を散らし実を着け始めている。
よく見ると、真球に近い充実した種子もあれば、そうでないものもある。
充実していないものは、受粉が上手くいかなかったのかもしれないし、酷暑の影響かもしれない。

そんなオカトラノオの穂を見ていると、一匹の小さな昆虫がいるのに気づいた。
体長は4~5mmほど。
銅の錆である緑青(ろくしょう)のような色をしている。

コフキゾウムシである。

コフキゾウムシは、葛の葉を食べる昆虫なのだが、なぜかオカトラノオの穂の上で長い時間を過ごしていた。

20100914kohukizoumusi2 コフキゾウムシは漢字では“粉吹象虫”。
“象虫”と名付けられるほど鼻先(口吻)は長くないが、これでもゾウムシの一種なのだ。
そして“粉吹”の名は、この緑青色から付けられているのだが、この色は、この虫自身が吹きだす粉なのである。
粉に隠された地の体色が漆黒であるとはなかなか気づきにくい。

羽化後しばらく経った個体は、この粉がはげ落ちて地色が見えてくる。

少し前に紹介したツツゾウムシオオゾウムシなども、同じように躰に粉をふくのだが、どのような効果があるのだろうか。

20100902 コフキゾウムシ(後山)
NIKON D90 105MICRO

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2010年9月14日 (火)

ニホンザル

20100914saru

川場村にはニホンザルの棲む地域もある。
この地域では、コンニャクと唐辛子くらいしか農作物の収穫は望めないと云われるほどの猿害に苦しんでいる。

写真は、子育て中のメスのようだが、フサフサとした毛並みをしていてとてもかわいい個体である。

地域の方々にとっては、かわいいどころではなく、憎き存在なのではあるが、なんとか共存の途を探りたいと思っている。

聞いた話では、ボスザルは、群の一個体一個体に気を配っており、仮に100頭の群だとすると、100頭全てが餌にありつけるような餌場を探し、小さな餌場には出向くことがないのだという。
そのため、中途半端な駆除を行い、群を小さくすると、小さな群だからこそ選ぶことができる餌場の利用を開始してしまうのだそうだ。
さらに、当たり前のことだが、大きな餌場は、小さな群も利用をするため、駆除前よりもかえって被害面積が増大してしまうこともあるらしい。

猿害を最小限に抑えるためには、人が畑に出ていることが一番効果がありそうだ。
目肥”はこんなところにも効果を発揮する。
ただ、過疎化や高齢化が進む地域では、この効果を期待するにも一工夫も、二工夫も必要だろう。

幸い、川場村は、世田谷区立の小学校(64校)全ての移動教室の場に選ばれている。
移動教室の村内巡りのコースや農業体験の現場を猿害の多い所を選んで設置することも、野生動物と人間が共存するための一つの工夫になるかもしれない。

20100811 雌のニホンザル
自動撮影装置

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2010年9月12日 (日)

新参者の定着

20100912tumagurohyoumonn

3年ほど前から、ツマグロヒョウモンを村内で見かけることが多くなってきた。
※その頃の記事は→こちらから。

もともとは、関西以西に主として棲息していた蝶で、じわじわと東征してきている。
東京や横浜などの都市部では、2006年頃から定着が始まったと考えられているが、それから1~2年で、川場村にまで侵出してきたことになる。

川場村での発見当初は、建物の外構や道路脇の植え込みなどに植えられたパンジーやビオラなどの苗に卵や幼虫がついてきて、村内で羽化した可能性が高いと思っていた。
そして、都心部とは比べものにならないほど厳しい川場村の冬を越すことはないだろうとたかをくくっていたのだが、あに図らんや、しっかりと定着しつつあるようだ。

この蝶は、幼虫で越冬を行うのだが、冬でも暖かい気密住宅の普及や舗装路面の拡大等々の、いわゆる“地域の都市化”がこの蝶の棲息を可能にしていると考えて良いだろう。
成虫はともかく、幼虫や蛹を見かけるのは、村内でも、集落や宿泊施設の周辺が多いことからも、そう外れた推理ではないと思っている。

ところで、村内では、ミドリヒョウモンメスグロヒョウモン等々、他のヒョウモンチョウが在来種として棲息してきたのだが、ツマグロヒョウモンという新参者が定着しつつあることが、在来種にはどのような影響を及ぼしているのだろうか。

ヒョウモンチョウの多くは、幼虫時代の食草にスミレの仲間を選んでおり、ツマグロヒョウモンの幼虫が食べるパンジーやビオラなど園芸植物もスミレの仲間なのである。
つまり、食草の競合で在来種に圧力がかかることも考えられるのだが、前述のように、ツマグロヒョウモンは集落周辺、その他のヒョウモンチョウは森林地帯、というように棲み分けているのだとしたら悪影響は少ないのかもしれない。

むしろ、温暖化の影響で、在来種が東へ、あるいは北へと生息地を移しているとしたら、それらのニッチをツマグロヒョウモンが埋めているということもあるのかもしれない。

生き物を見つめるということは、人間の計画下、管理下に彼らを置くということではない。
だからこそ、人間にとって好都合なことも、そして不都合なことも粛々と受け入れる姿勢が求められているように思う。

ツマグロヒョウモンの川場村への侵出を、人為による自然の攪乱と断ずるのか、種々の環境変化による生息域の変動と考えるのか、明確な答えを出すことができるのはもう少し先のことになりそうだ。

20100902 マルバハギで休息するツマグロヒョウモンのオス(後山)
NIKON D90 70-300

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クマと遭遇したら

20100912kuma

様々な情報や経験を頼りに判断するならば、ツキノワグマは人を積極的に襲う動物ではない。

けれど、不幸にして(人間にとっても、クマにとっても)遭遇してしまい、さらにクマが“攻撃”というオプションを選択した場合、その体躯の大きさ、力の強さ等から重大な自己に発展してしまうこともある。

繰り返し云うように、まずは遭わずにすむ努力をすことが大切なのだが、万が一、クマに遭遇してしまった場合の対処について考えてみたい。

人間にも様々な個性があるように、クマも動物である以上、全ての個体が常に同じ行動をとるわけではないので、あくまでも一般論なのであるが、以下のような諸点に気を付けることで身の安全を確保できる可能性を高めるということがいえそうである。

まず、大切なことは、クマを追い込まないということである。
クマに遭遇した場合、大声を出したり、急に立ち上がったり、物を投げつけたりといったことは決してしてはいけない。
これらの行為は、クマにとっては、人間から攻撃を受け、既に静かに立ち去ることなどできない状況に追い込まれたと感じるようなのである。
同様の効果を持ってしまうものには、カメラのストロボをたく、犬をけしかけるなどがある。

できれば穏便に済ませたかったクマまでも、攻撃に転じさせてしまうのだ。
「窮鼠猫を噛む」ならず「窮熊人を噛む」である。

前述のような行為は、人間の側からすれば、もちろん“攻撃”を意図していないことが多いだろう。
キノコ狩りなどをしていて、何かの気配を感じて立ち上がる。
急に目の前に現れた黒い動物に驚いて悲鳴を上げてしまう。
写真に収めようとしてストロボをたく。
日頃、鎖に繋がれている愛犬を自然の中で自由に走り回らせる。
等々、誰もがしてしまいがちな行為なのだが、人間の思惑など理解できないクマは、“攻撃をうけた”と判断してしまう。

また、急に走り出すといった行為は、クマを驚かせてしまうばかりか、余計に攻撃心を煽ることになってしまうようなので避けなければならない。

“クマは前足が後ろ足に較べて短いので、下り坂ではつんのめって速く走ることができない。だから、山を駆け下りるように逃げればよい”、“クマは30m以上は全力で走ることはできない。人間が一生懸命に走れば逃げ切ることができる”等々は、何れも噴飯ものの嘘である。
決して真に受けてはならない。

クマを驚かせず、静かに、背を向けずに、その場からゆっくりと立ち去る努力をするのが最も効果的であるようだ。

もし、それでもクマが襲ってきた場合は、クマ避けのスプレーなどを使用することになるが、もし、何の装備もない場合、身体を丸めて腹部を守り、両手で首をガードしてクマの昂ぶりが治まるのを待つのがよいとされている。

20100912 ツキノワグマ
自動撮影装置

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2010年9月10日 (金)

古道のクリオネ

20100909kariganesou1

川場湯原の太郎地区を抜け、木賊(とくさ)地区へ向かう道の途中に“千貫峠”の入口がある。

この古道は、1569年に、沼田万鬼斎顕泰が川場の合戦に敗れ、会津城主芦名盛重を頼って逃げ落ちる際に使った道だと伝えられている。
途中、峠に立つ立派な松を見て、「さても良き松かな、われ世にある時ならば千貫文の領地にも替え難し」と詠んだことに因んで、“千貫峠”の名が付けられたと云われる。

現在は、この峠道は草に覆われて、通行が困難になっているのだが、どこまで行けるものかと確かめに行ってきた。

峠の入口から30分も歩くと、道は徒手では通れないほどの草に覆われてしまっていて、仕方なく引き返すことにした。

20100909kariganesou2ちょうどその辺りの川沿いで、可愛らしい花を見つけた。

わが国の山野草には、あまりない薄紫色、雄しべと雌しべが長い弧を描いているのも不思議な造形だ。

クマツヅラ科の多年草で“カリガネソウ(雁草)”という。

今回が、川場村では初めての出遭いであった。

5枚の花弁に昆虫がとまると、その重さでしべが下方に降りてきて昆虫の背中につく仕掛けになっている。

花の季節だけのことだそうだが、全草からとても強い、ちょうどゴーヤの茎を手折った時のような臭いがする。
可愛らしい花に似つかわしくない臭いで、多くの人々が不快であると感じるようだ。

大分秋めいてきた風に揺れる姿は、まるで北海の妖精“クリオネ”のようでもあった。

20100902 カリガネソウ(千貫峠)
NIKON D90 105MICRO

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2010年9月 7日 (火)

クマに襲われる一つのパターン

20100907kuma

調査のためなどでツキノワグマに出遭いたいと思っていても、そうそう出遭えるものではない。

私自身、川場村では一度しか出遭っていないし、私に森林(やま)づくりのイロハの“イ”の字から教えてくれたベテラン林業家は、80年に達しようとする彼の人生の中で、村内でクマに出遭ったことは未だないという。

それほどまでにツキノワグマは、人間を怖れ、聴覚や嗅覚が優れ、かつ慎重に行動することができる賢い動物なのである。

さらに、クマは“庶行性”といって、つま先からかかとまでを地面にべったり付けて歩く動物で、人間と同じように、非常にやわらかな足の裏をもっている。
そのため、森林(やま)のなかで、クマがすぐ傍を歩いたとしても、クマほどに感覚が鋭敏ではない人間にはその存在を察知することは難しいのだ。

では、なぜ、人間がクマに襲われるような事態が起こるのだろうか。
その典型的なパターンを一つ紹介したい。

それは、山菜採りやキノコ狩りなどの際に襲われるというものである。
このケースが、事故中もっとも多いようだ。

公園のベンチで読書に没頭していたりして、気が付くとすぐ目の前まで小鳥がやって来ていたりすることがあるが、野生の生物は、人間の意識がどこに向いているのかを敏感に察知し、自分に向いていないと判断すると、その人間に対して警戒心を解き、岩や樹木と同じようにそこに無いも同然の行動をとることがある。
ベテランの猟師などの中には、意識してこうした状態をつくることができる者もいると聞くが、一般的にはなかなかできるものではない。
けれど、山菜やキノコに夢中になっている時などは、無意識のうちに、こうした状態になっていることがある。

そうした状態にあるときには、クマも人間の存在に気が付きにくいので両者が非常に接近してしまう場合がある。そして、何かの拍子に人間が我に返り、辺りを見渡したりすると、途端にクマも人間の存在を感知して、止むにやまれず攻撃に移るらしいのだ。

相手が人間に対する警戒心の薄い個体や、経験の浅い若熊などでは、特にこうした事態に陥りやすいのだろう。
事故には至らなくとも、若いクマの目撃情報が多いことが、この推測を裏付けている。

調査の時などには、どこかにクマがいないかと“気”を発し続けているのだろう。
だからこそ、クマに出遭うことが難しいのに違いない。

森林(やま)の中で何かに没頭することがないように注意することが、クマに遭わずにすむためには有効だといえるだろう。

20100705 水場から出てきたツキノワグマ
自動撮影装置

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2010年9月 6日 (月)

クマに遭遇しないために

20100905kuma

先日も述べたように、クマが棲む森林(やま)こそが魅力ある森林である。
けれど、クマが人身被害を起こす確率が、他の野生動物に較べて高いことも事実だ。
クマにだって個性はあり、様々な性格の個体がいることが知られているが、それでも一般的には臆病と云ってもよいほどに慎重な動物なのだが、わが身や子どもに危機が迫った際には、攻撃という回避手段を執るのである。

クマの棲む森林(やま)を守り、そしてクマによる事故を起こさないようにすること、これは実現可能なことであるし、人間の責任なのではないだろうか。

そのためには、クマに出遭わないようにすることが最も大切なことである。

では、どのようなことに注意をすればよいのだろうか。
彼らの生理や生態を手がかりに考えてみると、いくつかの簡単な注意事項を守れば、かなりの確率で接近遭遇を回避することができそうだ。

具体的な方法については、(有)アウトバックのHPや、群馬県環境森林部自然環境課のHPが非常に充実しているので、参考にしていただきたい。

ようするに、①クマは、他の動物を積極的に狩り食料とする動物ではないこと、②嗅覚・聴覚ともに優れ、とても慎重な動物であることを踏まえれば、何らかの理由で、彼らが人間の存在に気づかずに接近してしまったときに事故が起こりやすい、ということを理解していればよいのである。
基本的には人間の存在を知らせることが事故回避の第一であると心得たい。

昔から、林業関係者など、森林(やま)に関わりながら生きてきた人々には、山の神の前で柏手を打ってから入山するという習慣をもってきたのだが、森林の動物たちとの、互いの不幸を招く接近遭遇を回避する手段としても機能してきたのではないだろうか。

森林(やま)の入口で、同行者の健康状態や持ち物などについて、元気な声で確認をしあうなどというのも、現代的で、かつ有効な方法となりそうだ。

20100816 深夜に活動するツキノワグマ
自動撮影装置

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2010年9月 3日 (金)

クマの棲む森林(やま)

20100903kuma

私たちの活動の拠点である“友好の森”にはツキノワグマが棲んでいる。

ツキノワグマの内蔵や歯の形状を観察すると、肉食動物の特徴をもっているのだが、実際には、植物食に偏った雑食性の哺乳動物である。

木の実や果実などを多く食べるのにも関わらず、内蔵や歯は肉食に向いたものであることから、とてもエネルギー効率の悪い動物であることが分かっている。
そのため、大量に食べなければ、生きていくのに必要な栄養を摂ることができないのだ。

このツキノワグマの生理・生態を逆読みすると、様々な栄養(=生物)が、大量に存在する環境がツキノワグマの棲息を可能にしているということになる。

ツキノワグマは、豊かな自然環境の指標なのだ。

森林(やま)を守るためには、森林を構成する要素を知ることが必要だ。
それは、様々な生物であるし、水や土、空気といった生物以外のものも含まれるし、地域の人々の生活や生産の文化も、森林を構成する要素として捉えるべきなのである。

そうした様々な要素について、それぞれを詳細に調べ、守る手だてを講じることも必要なのだが、いかんせん、それには膨大な手間や経費が必要となる。
そこで有効なのが、指標生物に注目するという手法だ。

川場村の森林(やま)には、多くの人々が訪れる。
心身のリフレッシュのためであったり、林業技術を身につけるためであったり、自然に関する学習のためであったりと、動機や目的は多様であるが、何れにしても、川場の森林(やま)の魅力が人々を惹きつけていることは間違いがない。

クマが棲息しているということは、こうした森林の魅力を減じるものでは決してなく、むしろクマが棲むような森林だからこそ、多くの人々が魅力を感じているのである。

一方で、農林業被害や人身被害など、クマが棲息することによる様々な不安ももちろん存在するし、それらを軽視・看過することは決してできない。

クマが棲む森林(やま)をまもり、同時にクマによる被害も最小限に抑えるための努力を続けていきたい。

20100828 友好の森のツキノワグマ
自動撮影装置

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2010年9月 1日 (水)

ニホンカモシカの出産

20100901kamosika

後山のある地点に設置している自動撮影装置(センサーカメラ)には、白と黒のまるでパンダのような個体と、反対にかなり黒味の強い個体の2頭のニホンカモシカが定期的に記録されてきた。
※以前の様子は→こちらから

改めて記録を見直してみると、面白いことが見えてきた。

左上の写真は、今年(2010年)の6月12日の記録だが、なんとなくお腹が大きいような気がしていた。
次に、右上の写真は、7月9日。なんと子連れで写っている。
ニホンカモシカは、前年の秋、10~11月頃に交尾期を迎え、約7ヶ月ほどの妊娠期間を経て、雪がすっかり融け、餌となる植物が葉を繁らせ始める5~6月頃に通常一頭の仔を出産することが知られている。
今回の記録とピッタリと符合するのだ。

左下の写真は、湧き水に腹をつけて涼んでいる子どもに「モーでなさい」とお母さんカモシカが言っている様に見えてしまう。
そして、右下の写真は、再び湧水点を訪れた母子。

近年の個体数の増加に伴って、全国各地でカモシカによる農林産物被害も出始めていることも看過できない現実なのだが、なんといっても、わが国唯一のウシ科の野生動物である。

調査によって生態をつまびらかにし、人間生活との折り合いの付け方を真剣に考える必要がある。

議論の出発点は、川場村の森林(やま)にカモシカが棲むことを喜ぶところに起きたいものである。

カモシカの出産(後山)
自動撮影装置

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