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2010年12月の5件の記事

2010年12月26日 (日)

鹿達の冬

20101225shika

今月の初め、日付が変わったばかりの時間に牝鹿の群が太郎地区の畑に現れた。

発情期を終え、おそらく多くの鹿のお腹には新しい命が宿っているのだろう。
冬の乏しい食料で、自らの命の火を消さないことだけでも大変なことなのに、お腹の赤児にまで栄養を与え続けなければならい。
解剖記録に因れば、この時期の鹿達は木の皮や落ち葉までを食しているようだ。

畑作も一段落している時期なので、農業被害を及ぼすことはないものの、来春以降の個体数増加は、農家の悩みのタネでもある。

害を防ぎつつも、鹿達を護っていく。
そんなことは到底無理だと、笑われたり、叱られたり。

けれど、この困難な課題になんとか答えを出したいと思っている。

(2010/12/25 太郎地区)
自動撮影装置

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2010年12月22日 (水)

協働

20101222kyoudousagyou 12月11日に中野地区の牧野組合・共有林組合の方々と世田谷区民の協働作業を実施した。

主な作業は枝打ちと間伐。
戦後に植栽されたスギの人工林が作業の舞台だ。

参加者は、総勢約70名。
老若男女が揃っての作業も今年で8年目を迎えた。

近年の労働力不足や材価の低迷などから、すっかり手入れ不足になってしまっていた森林(やま)も、この協働作業によって随分とスッキリとしてきた。

途中から二又に分かれてしまったような木や、幹が湾曲してしまった木などを中心に整理をした。

作業が終わった後は、中野地区の集会場に集まって忘年会。

村のこと、地域のこと、森林(やま)のこと、野生鳥獣による被害防除のことなどなど、ワイワイがやがやと村民区民が入り乱れての四方山話に時を忘れた。

(2010/12/11 中野地区)
NIKON D300 28-300

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2010年12月14日 (火)

座鹿(くらしし)

20101214kamosika

先日、世田谷区民健康村なかのビレジのスタッフが綴るブログを見ていると、ニホンカモシカのことを、川場村の人々は“くらしし”と呼んでいたことが紹介されていた。

多くの方々に野生動物に関する話を聞いてまわっているのだが、全くもって初耳であった。

“しし”は肉用動物全般を指す言葉であることは分かっているので、残りは“くら”である。

気になって調べてみると、環境省の生物多様性センターが1987年に出している報告書の中で、カモシカの古名・地方名について整理されていた。

かもしし・あおしし・けらしし・にく・にくしし・いわしし・いぬしし…等々、多様に紹介されているなかに“くらしし”もあった。

ところがこの報告書では、名の由来までは触れられておらず、確かにカモシカのことを“くらしし”と呼んだ時代・地方が存在していたことは分かったものの、その由来についての記述はなく、謎のままなのだ。

そこで、別の資料・文献にあたってみると次のようなことが分かってきた。

“くらしし”の“くら”とは“座(くら)”または“鞍”と書き表すのが正解のようで、どちらも“座る場所=居場所”を指す言葉らしい。
かつてこのブログでも、カモシカの名の由来について、毛皮を敷物に利用した動物であることから名付けられたことをお伝えしたが、これにも通じるようだ。

また、“一の倉(くら)”などというように、山の名としても“くら”という音は多用されるし、山を数えるときに一座・二座と数えることからも明らかなように、“座(ざ)”という言葉も山を意味している。
推測の域をでないが、これは山を神の居場所として意識したことからきているのではないだろうか。

山地に棲むカモシカを、“しし”の前に“座(くら)=山”の音を冠し“くらしし”と呼んだというのも分かりやすい。

どちらも説得力ある説であるし、その根が同じところにありそうなことも、また面白い。

古名・地方名を温ねるのも、いにしえの人々がどのようにその生物を認識していたのかが分かり愉しいものである。

(2010/11/28 川場湯原地区太郎)
自動撮影装置

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2010年12月 7日 (火)

季節外れの華やぎ

20101207himeodorikosou

先月の半ばに、村内の萩室地区を散策していると、一畳ほどのスペースが、そこだけ華やいでいた。

稲刈りが済んだ田んぼは、水田特有の黒い土の色と枯れ草の色に染まりつつあったし、僅かに残る草の緑も、夏のそれとは違うくすんだ色を見せていた。
そんな光景の中に鮮やかな色彩が目を惹いていたのだった。

近づいてみると、ヒメオドリコソウが群落を形成しており、花を咲かせていた。

普通、ヒメオドリコソウの開花は雪解けの後なのである。

一株や二株が季節外れの花を咲かせることは、特段珍しいことではない。
“あだ花”などと呼ばれ、その不思議さや美しさを日本人は楽しんできた。
けれど、これだけまとまって花を着けているのは珍しい。

なにか特別な条件でも揃っているのかと思って辺りを見まわしたが、開花の理由は見つけられなかった。

確かに、温暖な気候の元では、長い開花時期をもつ植物ではあるのだが、不思議な光景だった。

(2010/11/14 萩室地区)
NIKON D90 105MICRO

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2010年12月 3日 (金)

スズメバチの越冬

20101203kirosuzumebati

今年も、あと僅かというところまでやってきた。
無為に過ごしていても月日というものは流れるもので、また何も為さないままに一年間を過ごしてしまった。
数え年で年齢を算えるならば、また一つ歳をとることになる。

写真は、先月半ばの森林(やま)のなか。

数名で、“二十一世紀の森”の近くを散策していると、同行者がアカマツの切り株に足を取られた。
けれども、もう土に還ろうとしている切り株だったので、脚を痛めることもなく、また何の音も立てずに切り株が崩れた。

その切り株の欠片に一匹のスズメバチがしがみついていた。
キイロスズメバチの女王蜂である。

キイロスズメバチは、家の軒先などに大きな巣を作る蜂で、一つの巣に暮らす個体数も多く、また攻撃性も高い蜂なので、人が刺される事故もとても多い。
秋に入ると、新女王が誕生し、雄蜂と交尾を行う。
雄蜂や他の働き蜂(雌)は、気温の低下と共に死滅してしまうが、交尾を終えた新女王だけは次世代に命を繋ぐために冬越しの体勢にはいるのだ。

朽ち木や土塊の隙間でじっと冬を越す。

やがて、雪解けの頃になると、女王は起き出して、花の密や樹液などで腹を満たし、新しい巣造りに取り掛かるのだ。

蹴飛ばして崩してしまった切り株は、そっと元のように戻しておいたのだが、はたしてこの女王蜂は無事に越冬することができるだろうか。

(2010/11/14 谷地地区)
NIKON D300 28-300

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