カテゴリー「川場のけものと鳥たち2010」の61件の記事

2010年12月26日 (日)

鹿達の冬

20101225shika

今月の初め、日付が変わったばかりの時間に牝鹿の群が太郎地区の畑に現れた。

発情期を終え、おそらく多くの鹿のお腹には新しい命が宿っているのだろう。
冬の乏しい食料で、自らの命の火を消さないことだけでも大変なことなのに、お腹の赤児にまで栄養を与え続けなければならい。
解剖記録に因れば、この時期の鹿達は木の皮や落ち葉までを食しているようだ。

畑作も一段落している時期なので、農業被害を及ぼすことはないものの、来春以降の個体数増加は、農家の悩みのタネでもある。

害を防ぎつつも、鹿達を護っていく。
そんなことは到底無理だと、笑われたり、叱られたり。

けれど、この困難な課題になんとか答えを出したいと思っている。

(2010/12/25 太郎地区)
自動撮影装置

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2010年12月14日 (火)

座鹿(くらしし)

20101214kamosika

先日、世田谷区民健康村なかのビレジのスタッフが綴るブログを見ていると、ニホンカモシカのことを、川場村の人々は“くらしし”と呼んでいたことが紹介されていた。

多くの方々に野生動物に関する話を聞いてまわっているのだが、全くもって初耳であった。

“しし”は肉用動物全般を指す言葉であることは分かっているので、残りは“くら”である。

気になって調べてみると、環境省の生物多様性センターが1987年に出している報告書の中で、カモシカの古名・地方名について整理されていた。

かもしし・あおしし・けらしし・にく・にくしし・いわしし・いぬしし…等々、多様に紹介されているなかに“くらしし”もあった。

ところがこの報告書では、名の由来までは触れられておらず、確かにカモシカのことを“くらしし”と呼んだ時代・地方が存在していたことは分かったものの、その由来についての記述はなく、謎のままなのだ。

そこで、別の資料・文献にあたってみると次のようなことが分かってきた。

“くらしし”の“くら”とは“座(くら)”または“鞍”と書き表すのが正解のようで、どちらも“座る場所=居場所”を指す言葉らしい。
かつてこのブログでも、カモシカの名の由来について、毛皮を敷物に利用した動物であることから名付けられたことをお伝えしたが、これにも通じるようだ。

また、“一の倉(くら)”などというように、山の名としても“くら”という音は多用されるし、山を数えるときに一座・二座と数えることからも明らかなように、“座(ざ)”という言葉も山を意味している。
推測の域をでないが、これは山を神の居場所として意識したことからきているのではないだろうか。

山地に棲むカモシカを、“しし”の前に“座(くら)=山”の音を冠し“くらしし”と呼んだというのも分かりやすい。

どちらも説得力ある説であるし、その根が同じところにありそうなことも、また面白い。

古名・地方名を温ねるのも、いにしえの人々がどのようにその生物を認識していたのかが分かり愉しいものである。

(2010/11/28 川場湯原地区太郎)
自動撮影装置

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2010年11月29日 (月)

雄鹿

20101129sika

ヒロイド原の外れに仕掛けてある自動撮影装置が雄のニホンジカを写しとめた。

堂々たる体躯をほこり、雄々しい闘牛のような面構え、そしてなんといっても、なかなか目にすることができないほど立派な双角を頂いている。

もし、この雄鹿が、もう目の前にまで迫っている冬を無事に乗り切ることができたならば、まだ雪の残る3月ぐらいにこの立派な角を落とすことになる。

シカは何故角を落とすのだろう。

角を落とすとすぐに次の角の形成が始まるのだから、オスの成獣に角がない時期は、ほんの一ヶ月程に過ぎないのだ。
角を形成するのにも随分とエネルギーを費やすはずだ。
一度生やした角を大切にすればいいのにと思う。

(2010/11/18 中野地区友好の森)
自動撮影装置

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2010年11月21日 (日)

出遭い

20101121kamosika

秋から冬へと装いを替えつつある森林(やま)を愉しんでいると、山肌に一頭のニホンカモシカが佇んでいた。

森林(やま)で野生動物と出遭うのは、何度経験しても、そして何歳になっても鳥肌が立つようなうれしさを覚えるものである。
一度でも、動物と出遭った場所には再会を期待して、何度も何度も足を運ぶこととなる。
しかし、そう簡単には再び出遭うことはできないのであるが、何度かに一度でも再会を果たすと、そこは宝物のようなとっておきのポイントとなる。

子どもの頃にこうしたポイントを見つけてしまおうものなら、それからの生涯を野生動物の観察にかけることになるかもしれない。
実際、こうした原体験をもつ研究者も多いのだ。

カモシカは、落ち葉の絨毯を踏みながら、ゆっくりと離れていった。

いよいよ厳しい季節がやってくる。
これからの半年近くもの間、僅かな食料で命を繋がなくてはならない。

なんとか無事に春を迎えてほしいものである。

(2010/11/14 谷地地区)
NIKON D300 28-300

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2010年11月15日 (月)

執念

20101114kuma

久しぶりに群馬県立二十一世紀の森に足を延ばしてきた。

ここは、何年も前からとてもクマの気配が濃いところで、ヤマグリの樹にはクマ棚が目立つし、ブナやホオノキには沢山のクマの爪痕がつけられている。

この二十一世紀の森を訪れたときには、なるべく確認するように気を付けてきた樹が一本ある。
胸高直径が70cmほどのミズナラの大木だ。

この樹の地際から150cmほどの高さには洞があり、ニホンミツバチが巣を作ってきた。
そして、そのミツバチの巣を狙って、明らかにツキノワグマの仕業と分かる痕跡が残されているのである。

左の写真は、2006年のもので、洞の口からはクマの手が入らなかったのだろう、穴の周囲や裏側に夥しい掻き傷があり、樹幹が大きく削られていた。
それでも、ミズナラも枯れることなく毎年葉をつけ、ミツバチも代々巣を作り続けていた。

それが、今日現場を再訪すると、右の写真のように、件のミズナラは枯死し、それまで無かった大穴が空けられていた。
もちろん、ミツバチの巣はかけらも残されてはいなかった。

私が、この樹の存在に気づいたのは、10年以上前のことであり、その時点では既にクマの格闘の痕が認められたので、さらに長い年月をかけてクマがこの樹に執着し続けたことになる。

もちろん、一頭のクマの仕事ではないかもしれないが、クマの執念が、ついに甘い蜂蜜を口にする栄誉を与えたのである。

ミズナラの樹とニホンミツバチにとっては、とんだ受難の年となってしまったわけだが、クマにとっては長年の苦労が酬われた年となった。

この、ミズナラの枯れ木とそこに穿たれた穴は、フクロウの住処となったり、キツツキのレストランとなったりしながら森林(やま)の命の連鎖を支える存在になっていくのだろう。

(写真左:2006/11/23 写真右:2010/11/14 二十一世紀の森)

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2010年10月29日 (金)

クマは食いしん坊

20101028kuma

ツキノワグマという動物は、ともかく食物に対する執着が強い動物である。
普段は、極力人との接触を避けるようにしているが、一度、美味しい食べ物があると分かると、人間の生活圏にも入ってくる。

こうした行動特性は、クマの進化と大きく関係している。

クマは、生物学上は“食肉目(ネコ目)”に分類される動物であることが示すように、躰は肉食動物の形態を強く残しているのにもかかわらず、食性はほぼ草食といってよいほどに変化しているのだ。
具体的には、歯(裂肉歯)が肉食動物の特徴を色濃く残していることや、消化器官もいたってシンプルであり、これも肉食動物のそれであるにも関わらず、ドングリなどの堅果類や木の実、花や葉などを摂食するため、消化効率がとても悪く、そのため、大量に食べ無ければならないのだ。

他の動物を狩るのには、大変なエネルギーが必要であるため、クマはそれよりも、どこにでもある植物を食べる方向の進化を選んだというわけだ。
この先、何万年か経った頃には、歯や消化器が草食に適合したものに変化し、それによって小食になっているのかもしれないが、ともかく、現在のクマはそうはなっていない。

だからこそ、クマは食べることにどん欲にならざるをえないのだ。

クマのこうした特徴を知っておくことが、農業被害を最小限に抑えるためにも是非必要なことであるはずだ。

(2010/10/28 生品地区)
自動撮影装置

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2010年10月25日 (月)

秋景色の中で

20101024kakinoki_2農山村では、取り立てて珍しくない秋の風景。
柿の木を彩る実が美しい。

柿渋を採って漁具を染めたり、干し柿を冬の蓄えとしたり、様々に利用したため、かつてはどの家の庭にも植えられていた。

けれど、若者は都会で就職し、残された者は高齢化し、用に供されなくなって、たわわに実った柿の実がそのままに冬を迎えることも多くなった。

このところ連日のようにツキノワグマ出没のニュースが伝えられている。

たしかに、躰も大きく、力も強いツキノワグマは、地域の生活者にとっては怖ろしい存在でもあるし、苦労をして育てた農作物を荒らされれば心穏やかではいられない。

日中にも出没するということになれば、子ども達に「おもてで遊べ」というのにも躊躇せざるを得ない。

クマが棲む地域に住む者の心情は、クマの棲まない地域に住む者にはなかなか理解できないことなのだ。

採りきれない柿や栗の実が放置されていれば、クマが寄り付くことは、農山村の住民で知らない者はいないだろう。
それでも、実を採っておくことも、樹を切り倒してしまうこともできない現実がある。

クマがでてから猟友会を頼むことも、慌てて電気柵で畑を囲うことも、否定はできないが、そうした行為は、熱が出たから解熱剤を服用するのと同じ“対症療法”である。
本来は、熱など出さずにすむように、まず予防的な行為に気遣い、そして発熱時には、その原因を探り“根治的療法”を行わなければ、いつまでたっても同じことの繰り返しとなる。

野生鳥獣の保護と安心できる地域生活の両立を図るためには、静かな農山村の風景の中に柿の実が鮮やかなことを愛でるばかりではなく、柿もぎで賑やかな風景を取り戻さなければいけないのだと思う。

(2010/10/16 生品地区)
NIKON D300 28-300

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2010年10月21日 (木)

ツキノワグマ

20101021kuma

自動撮影装置に大きなツキノワグマが記録された。
新しく設置した装置で、設置後約一ヶ月が経過したのだが、その間にちょうど60カットの記録写真が撮影されている。

ツキノワグマの他には、ニホンジカ、ニホンカモシカ、イノシシ、タヌキ、ニホンザル等が写っている。

この自動撮影装置は、集落からそう遠くないところに設置してあり、人やネコなども写されており、ツキノワグマが人々の生活のすぐ傍まで来ていることを示す結果だといえるだろう。

この写真からだけでは判然としないが、別に写っている他の動物と比較すると、体長1.5m近い大きな個体だと推測することができる。

(2010/09/28)
自動撮影装置 

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2010年10月18日 (月)

恋の季節に突入

20101017sika

9月10日の記録では、まだ躰に夏毛特有の斑点を残していたニホンジカも、今月14日の記録から見ると、冬毛に換毛したようだ。

雄鹿が雌を誘う“ラッティングコール”も聞こえ始めていた。

それにしても立派な角である。
これだけの角になると、片方だけでもずっしりと重い。
このようなものを、翌春までの約半年もの間、頭に乗せているのだから、もし人間ならば首や肩の凝りで鍼灸医のもとへでも通い始めなくてはならないところだろう。

(2010/10/18 川場湯原地区太郎)

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2010年10月15日 (金)

おなじみさん

20101014kamosika

先日実施した養成教室で、小雨降る中をおしてカブトの森に出かけた。
翌日に行う間伐の対象木を選び、作業の手順などを確認して宿舎である“なかのビレジ”へ戻る途中で一頭のニホンカモシカと出遭うことができた。

もう時刻は16時をまわり、まして小雨が降り続くような天候だったので、辺りはずいぶん暗くなっていた。

カメラのISO感度を3200まで上げ、それでも1/5秒のシャッターしか切れない。
何枚撮り直しても、手持ちのカメラではブレがおさまらない。
杉木立にカメラを押し付けて、どうにかこうにか撮ったのがこの一枚。

言い訳ばかりしているようだが…そのとおりなのである。

それはさておき、このカモシカ。
実は、お馴染みの一頭だ。
これまでにも、しばしばお目にかかっている。

初めて、それと意識したのは2008年の9月28日のこと。
森の村”のすぐ傍での出遭いだった。

体格や風貌から判別できることもあるが、このカモシカの場合はもっとはっきりとした特徴をもっている。
右の耳に大きな切れ込みが入っているのである。

この個体は、角輪の具合などから雌だと思われるので、耳の傷は雌どうしの縄張り争いでついたものなのかもしれない。
カモシカは、雄も雌も、それぞれ異性が自分の縄張り(テリトリー)に侵入することには寛大なのだが、同性どうしでは自分の縄張りを侵すことを決して許さないのだ。

当のカモシカには気の毒だが、こうした傷も個体識別の大きな手がかりになるのである。

耳に傷をもつので“ミミ”とでも名付けようか。

20101009 ニホンカモシカ(友好の森)
NIKON D300 28-300

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