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2011年4月の12件の記事

2011年4月26日 (火)

お馴染みさん

20110426kamosika

4月16日に後山でカタクリの開花を愉しんでいるときに、一頭のニホンカモシカに出遭った話は既にお伝えしたが、その翌日の17日にはも、友好の森のなかで別の一頭に再会することができた。

右耳に切れ込みのある雌のカモシカだ。

この個体は、もう何年もの間、友好の森に住み着いていて、年に何度か姿を見せてくれる。
一番最近に出遭ったのは、昨年の秋のことだった。
※その時の様子は→こちらから

この写真からは判然としないが、別の写真をよく見ると、お腹がふくらんでいるようにも感じられる。
もしかしたら赤ちゃんがいるのかもしれない。

このカモシカが子連れでいるところを確認することができたのは2008年の秋のことだったが、今年もまた繁殖に成功したのだろうか。

野生動物の個体数があまりに増えすぎてしまい、地域住民との間に軋轢を生む可能性を考えると手放しで喜ぶわけにはいかないのであるが、それでもやはり頬のゆるむ出来事である。

厳しい冬を無事乗り切ったお馴染みさんに再び逢えたことが、なんだか無性に嬉しかった。

(2001/4/17 中野地区友好の森)

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2011年4月24日 (日)

麗らかな春の日

20110423hotarugawaちょうど一週間前の4月17日。
昨年のこの日は、一晩で40cmも積もった大雪の日で、車のタイヤを夏タイヤに換装したばかりの村民を慌てさせていた。

今年は、そんな昨年の天候とはうって変わって、やさしい陽射しが溢れ、穏やかな春の一日だった。

ほんの短い時間だったが、川場村内の天神地区を流れる“ほたる川” のほとりを散歩することができた。

この昔ながらの用水路は、天神地区の方々の努力で維持されてきたもので、緩やかに蛇行しながら隣接する水田を潤し続けている。

まろやかな銘水をつかい、丹誠込めて打たれた蕎麦を愉しんで、のんびりとした時間を過ごすことができた。

(2011/4/17 天神地区)

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2011年4月23日 (土)

牝鹿の群

20110423nihonnjika

いつものように、ヒロイド原に仕掛けてある自動撮影装置のデータを回収すると、3月14日に水場を訪れたニホンジカの群が記録されていた。

この写真には雌のニホンジカが6頭写っている。
この水場は、先日紹介したニホンカモシカが写ったのと同じ現場である。

はっきりとしたことは分からないが、カメラ目線ではないので、おそらくはカメラを意識しているのではないのだと思うのだが、耳をいっぱいに拡げ、辺りへの注意を怠っていない様子が見て取れる。

厳しい季節も終盤を迎え、これからいよいよ出産のシーズンに入る彼女たちだが、個体数をどのように伸ばしていくのだろうか。

詳細な調査ができていないので、断言することはできないのだが、これ以上個体数を増やさずに安定してくれるとよいように感じている。

野生生物と地域社会の人々との間にある、強い軋轢を少しでも軽減し、共存の途を探り出さなければならない。

(2011/3/14 中野地区友好の森)

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2011年4月22日 (金)

バッコヤナギの花

20110421bakkoyanagi2_2ヒロイド原に足を延ばすと、バッコヤナギが薄緑色のけぶをまとっているように見えた。

この光景が大好きだ。

けぶるように見えたのは、バッコヤナギの花。
正確には“花序”と呼ばれる花の集合体である。
花弁はもたず、蕊(しべ)だけの花が集まっている。上の写真は雄花、下の写真は雌花であるが、 ヤナギの仲間は“雌雄異株”。女木と男木がそれぞれに独立している。

20110421bakkoyanagi1_2このブログでバッコヤナギを紹介するのは3年ぶりのことだが、毎年ほぼ同じ時期にやわらかな光景を楽しませてもらっている。
※その時の雄花は→こちら、雌花は→こちら

話は前後するが、“花序”を形成する植物は花粉を風に運ばせる“風媒花”が多いのだが、ヤナギの仲間は虫に花粉を運ばせる“虫媒花”なのである。

花弁(花びら)が美しい植物は、虫を呼び寄せるために花弁をつくり、花粉媒介の効率を高めていると考えられているのだが、同じ虫媒花であるのに、このような花序を形成するのはなぜなのだろうか。

雲ひとつない青空にバッコヤナギの花が映えていた。

(2011/4/16 中野地区友好の森)

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2011年4月19日 (火)

立坪菫

20110419tatitubosumire

今年は本格的な春の訪れが遅いとはいえ、そこかしこで春が始まっている。

写真のタチツボスミレは、川場村で何種類も見られるスミレのうちでも、最もポピュラーであり、最も早くから花を咲かせてくれるスミレである。

この“タチツボスミレ”という名だが、少しだけ複雑な由来がある。

そもそもは“ツボスミレ(坪菫)”が名付けのベースとなっているのだが、この“ツボスミレ”の“ツボ(坪)”とは、庭の意味で、庭先に咲くスミレという意味で名付けられている。
その“ツボスミレ”に似て、茎葉が地際から立ち上がるように伸びることから本種“タチツボスミレ(立坪菫)”の名が付いたのだという。

ちなみに、“ツボスミレ”という和名は、近年はあまり用いられなくなっており、“ニョイスミレ”といわれることが多くなった。
“ニョイスミレ”は“如意菫”で、この植物の葉の形が仏具の“如意”に似ていることが由来になっている。

以前、スミレの語源は大工道具の“墨入れ(墨壺)”であることを紹介したが、植物の名の由来というのは面白いものである。

生物名はカタカナ表記をするというのが生物学上の約束なのであるが、名を漢字で表し、その意味を知ることで、植物がより身近なものになってくる。

(2011/4/16 後山)

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2011年4月18日 (月)

楽しい時間

20110418kamosika

先の記事で、カタクリに逢いに出かけた話を書いたが、じつは、その時にもう一つの出遭いがあった。

カタクリが群生する秘密の場所にそっと近づくと、一頭のカモシカが地面に腹をつけ、まるでカタクリをまもっているかのように静かな目でこちらを見つめていた。

私と目が合うと、ゆっくりと立ち上がったが、それでもその場を離れない。
10m程の距離まで近づくと、ようやく2~3mだけ移動をする。
またもう少しだけ近づくと、私が近づいた分だけ距離をとる。
そして、驚いたことに、私が遠のくと、またその分だけ距離を詰める。

小一時間ほどもそんなことを繰り返したが、元いた場所から離れようとしなかった。

「だいじょうぶだよ。カタクリを盗ったりしないよ。写真におさめるだけ。」
と心の中で話しかけてから、数百株はあろうかというカタクリを見てまわったのだが、その間もずっと傍にいて私を見つめていた。

カモシカは、カタクリを食べることはしないようなのだが、辺り一面で芽吹きが始まったハナイカダの新芽は大好物である。
ハナイカダの新芽を食んでは、春の陽射しで温まった地面に腹をつけて休み、また新芽を口にする。
おそらく、そんなことを繰り返していたのだろう。

実はこのカモシカとは、もう何度も出遭っているので、「こいつはおかしなヤツだけれど、悪さはしない」と憶えてくれていたのかもしれない。

ネルのシャツの袖をまくり、ベストを引っかけただけの軽装でも汗ばむ程の陽気の中で、心底楽しい時間をプレゼントされた。

(2011/04/16)

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2011年4月17日 (日)

春の妖精

20110417katakuri

昨年、2010年は、例年と較べると2週間ほども春の訪れが早かった。
そのためか、今年は春が遅いと感じていたのだが、カタクリの開花はほぼ昨年並み。
一昨年とも、ほぼ同じ時期である。

けれど、昨年と較べると、川場村の春はやはり遅いようで、クロモジやアブラチャン、ダンコウバイなどのクスノキ科の樹木やヒメオドリコソウ、オオイヌノフグリ、タネツケバナなどを除くと、花を楽しませてくれる植物はまだまだ少ない。

例年ならば、カタクリと同時期に花を見せてくれるエンレイソウやニリンソウなども姿すら見せていない。

他の植物は、開花の時期に年変動が見られるのに、どうしてカタクリは同じ時期に開花するのか、とても不思議なことである。

一昨年の春に初めて見つけた村内の群生地。
少しずつ株を増やしながら、変わらずに可憐な姿を楽しませてくれている。
来年もまた出逢いたいものである。

(2011/04/16)

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2011年4月14日 (木)

ハイキング

20110413haikinngu

4月3日に川場村を訪れた。
川場村に避難中の方々にささやかな協力をさせてもらうことが今回の目的だった。

川場村は、福島県の相馬市・南相馬市・双葉町などから、約百名の方々を受け入れている。

直接、津波で家を流されたり、地震で潰されたりといった被害を受けた方々ではなく、福島第一原発の事故による放射能汚染を怖れて避難してきた方々である。

そうした家族の中には20名弱の子ども達も含まれていて、村内の有志がボランティアでこの子ども達の勉強をみたり、遊びの相手をしたりしているという話を聞いていた。
大きく深い不安感の中にある子ども達を少しでも安心させてあげたい、塞ぎがちな気分を少しでも明るくしてあげたいと思い、のんびりとした里山ハイキングに誘ってみてはどうかというのが今回の企画だった。

まだ、冬枯れの後山に子ども達を誘い、藪こぎをしたり、長い長い階段を上ったり、山頂の見晴台で川場村の眺望を楽しんだり、ゆっくりのんびりとした時間をともに過ごしてきた。

今回の震災が彼らの心に刻んでしまった傷が、一日も早く癒えることを願うばかりだ。

(2011/4/3 後山)

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2011年4月13日 (水)

◆ようこそ◆

群馬県の北部、利根沼田地域に川場村という小さな村があります。
川場村は東京の世田谷区と“縁組み協定”を結び、森林(やま)づくりをとおして地域の振興をはかり、地域の自然を守ってきました。
このブログでは、川場村での森林(やま)づくりをとおして、見つけたものや感じたこと、森林づくりのヒントになりそうなこと等々を思いつくままにお伝えしたいと思います。

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20100417gannbaru   

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2011年4月 9日 (土)

春のカモシカ

20110408kamosika

雪に阻まれてなかなか回収に出かけることができなかった自動撮影装置のデータを回収しに行ってきた。

ヒロイド原の一画にある、一年中涸れることのない水場には、ニホンジカとニホンカモシカが記録されていた。

ツキノワグマやアナグマなど、冬ごもりをする動物が記録されないのは当たり前のことだが、イノシシやテン、それにタヌキやキツネなどが記録されていないのが不思議だ。
この地点から数百メートルしか離れていない地点に設置してあるカメラには、頻繁に写っているこれらの動物は、何故かこの水場をあまり利用していないようだ。
どのような理由があるのだろうか。

写真は、3月14日に記録された雄のニホンカモシカ。
目を細めて眼下腺を倒木に擦りつけている。
いかにも気持ちがよさそうである。

人間だって痒いところを掻くのは気持ちがよい。
カモシカが、眼下腺を擦りつけるのは、テリトリーの宣言だと考えられているが、テリトリーを主張するという生きるために必要な行為が気持ちよいのは、気持ちが良いというご褒美を用意して、必要な行為を実施させるという遺伝子の戦略なのだ。

それにしても、春の陽気の中で本当に気持ちがよさそうだ。

そろそろ、葉を着ける植物が増えてきたので、気持ちもいくぶんのんびりしてきた頃なのだろう。

(2011/03/14 中野地区友好の森)

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2011年4月 8日 (金)

毎月11日はキャンプの日

20110407takumasisa_2

四六時中続いているわけではないのだが、何かの拍子に「あれ?地震かな?」と思うことが多くなった。
電灯のひもだとか、飲みかけのコーヒーカップだとか、揺れの影響を受けやすいところを見ても揺れてはいない。
ひどいときには、周りは揺れていないのに身体が振れていたり、足下がふらついたりすることすらある。
聞けば“地震酔い”という症状らしい。
震災時の緊張感や恐怖心などから、平衡感覚を司る三半規管と脳の連携が上手くいかなくなるのだというから、これも一種の自律神経の失調症なのだろう。

それはさておき、阪神淡路大震災の後に聞いた話を思い出した。

第二次世界大戦の際の東京大空襲の後に子ども達が書いた作文には、空襲で街が焼けた様子を見て「花火のようできれいだった」とか、防空壕での避難時の様子を「野営(キャンプ)のようで楽しかった」とか、子どもならではの逞しさと無責任さが発露した文章が多く見受けられたのだという。

それに対して、阪神淡路大震災の直後には、「お風呂に入れないので死んでしまいたい」とか、「トイレが水洗でなくて耐えられない」とか、そういった文章が目立ったのだという。

当然、大戦中の子ども達も、家を失ったり、肉親や友人を亡くした子ども達もたくさんいた。
原因こそ違えども、震災時の子どもと同じ状況におかれたはずである。
それなのに、50年の時を経たこの違いはどこから来るのだろうか。
私たちの社会は、子ども達から逞しさを奪ってきたとしか思えない。

子どもは無責任でよいのである。
けれど、逞しくあって欲しい。

戦争や災害で苦しい中でも、それを楽しんでしまえる逞しさが、子ども達自身も、そして大人達をも救うのではないだろうか。

今回の東日本大地震では、どうであろうか。

どんな境遇にあっても楽しめてしまう逞しさをつくり、支えるには、やはり生きるための知識と技術を備えていることが最低条件としてあるように思う。

焚き火ができて、料理ができて、自然の中から食料を得ることができて、テントで快適に眠ることができて、ナイフが使えて、まだまだいくらでもある。
そういったひとつひとつが、子ども達を逞しくするのである。

野外での遊びや生活の体験がやはり必要なのだと思う。
野外に出ることができなければ自宅でも良い。

毎月11日は“キャンプの日”などと決めて、自宅にあっても、電気・ガス・水道等を使わない生活をすることから始めるのだ。

今回の震災を忘れないためにも機能するだろうし、非常食や非常用品のチェックの機会にもなる。非常時の生活を楽しむことができる能力も培われる。

具体的な実行プランの是非は検討を要するとしても、少しでも実行できればその分だけ子ども達は逞しくなる。

このアイデア、いかがだろうか。

 

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2011年4月 6日 (水)

清明

20110405katakuri

今日は二十四節気のひとつ“清明(せいめい)”である。
生まれたてのものは、未だ世俗の垢で汚れずに清らかで明るい。
暦の上では、そうした清く明るいものたちが次々に誕生をはじめる季節に入ったのだ。

写真は、深い地中から地上に出たカタクリの葉と蕾。
花が咲かないとピンとこないかもしれないが、独特の斑模様の葉もカタクリの特徴である。

気温はずいぶんと低く、雪が少ないというのが、この冬の特徴であった。
そのためなのか、例年に較べると1~2週間ほど、春の訪れが遅いようで、カタクリやニリンソウなどの“春の妖精(スプリング・エフェメラル)”達の開花もまだ見ることはできなかった。

それでも、春は着実にやってきている。

(2011/04/03)

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