カテゴリー「その他諸々2011」の10件の記事

2011年5月 5日 (木)

新緑の季節に思う

20110505kyoboku樹木は、地上に出ている部分と同量の地下部をもつという話を聞いたことがある。

樹木の根系を専門にする研究者にこの話の真贋について尋ねると、地上部と地下部の比率は樹種によっても異なるうえに、生育環境によって様々なので、そのように説明することはできないと、なんとも味気のない返答をもらった。

ともあれ、地下にも、地上部に匹敵する部分をもつことは確かなことである。

人は樹木を見るときに、通常は、地上部しか見ることができない。
だから、どうしても地上部の姿で樹木を量ることになる。

けれど、目に触れぬ地下部を充実させなければ、立派な地上部を誇ることはできないのだ。

人知れず努力を重ねることを水鳥の脚の水面下の動きに擬えることがあるが、よく似ている。

他人に認められようと、目に見える部分ばかりを飾り立てても駄目なのである。
他人の目には触れない部分を充実させることで、目に見える部分が輝き始める。

“桃李言わざれども下自ずから蹊を成す”という諺は、桃やすももの木は美しい花や美味しい実がなるので、何も言わなくても人々が通い、下には自然と道ができるという意味であるが、美しい花も、美味しい実も、しっかりと大地に張った根があってこその華である。
ついつい、他人に認められたくて、他人の評価を気にしてしまうが反省しなくてはならない。

森林(やま)では、新緑が一斉に萌えだし、とても美しい季節を迎えている。

(2009/6/28 川場谷)

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2011年5月 2日 (月)

残雪の中の春

20110501zannsetu

2週間ほど前、川場村から背嶺峠を越えて片品村に足を延ばすつもりで車を走らせていた。
背嶺峠は別名“花咲(はなさく)峠”とも呼ばれ、川場村と片品村の村境となっている。

役場や学校などがある辺りは、既に雪は全く見られず、村の景色はすっかり春模様であったのに、村境のトンネルの手前まで400mほど標高をかせぐと、辺りは一面の雪景色だった。

カラマツ林に目を遣ると、木々の根元の雪だけが融け美しい景色をつくっている。

立木に付着した雪や霜などが陽に溶かされ、幹を伝って流れ落ち、僅かに表土を露出させる。
表土は、雪に較べて色が濃いため、さらにそこだけが陽に温められ雪解けを速める。

ほんの小さなきっかけが、ゆっくりと春を拡げていく。

こうしてできた穴の底では、周囲よりも少しだけ早く春の花が咲いていることも多い。
周りの雪が冷たい風を防ぎ、暖かなスポットがつくられているのだ。

真っ白な雪景色のなかに点々と春。
斜光が木々の影を山肌に沿わせている。

(2011/4/17 背嶺トンネル近く)

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2011年4月14日 (木)

ハイキング

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4月3日に川場村を訪れた。
川場村に避難中の方々にささやかな協力をさせてもらうことが今回の目的だった。

川場村は、福島県の相馬市・南相馬市・双葉町などから、約百名の方々を受け入れている。

直接、津波で家を流されたり、地震で潰されたりといった被害を受けた方々ではなく、福島第一原発の事故による放射能汚染を怖れて避難してきた方々である。

そうした家族の中には20名弱の子ども達も含まれていて、村内の有志がボランティアでこの子ども達の勉強をみたり、遊びの相手をしたりしているという話を聞いていた。
大きく深い不安感の中にある子ども達を少しでも安心させてあげたい、塞ぎがちな気分を少しでも明るくしてあげたいと思い、のんびりとした里山ハイキングに誘ってみてはどうかというのが今回の企画だった。

まだ、冬枯れの後山に子ども達を誘い、藪こぎをしたり、長い長い階段を上ったり、山頂の見晴台で川場村の眺望を楽しんだり、ゆっくりのんびりとした時間をともに過ごしてきた。

今回の震災が彼らの心に刻んでしまった傷が、一日も早く癒えることを願うばかりだ。

(2011/4/3 後山)

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2011年4月 8日 (金)

毎月11日はキャンプの日

20110407takumasisa_2

四六時中続いているわけではないのだが、何かの拍子に「あれ?地震かな?」と思うことが多くなった。
電灯のひもだとか、飲みかけのコーヒーカップだとか、揺れの影響を受けやすいところを見ても揺れてはいない。
ひどいときには、周りは揺れていないのに身体が振れていたり、足下がふらついたりすることすらある。
聞けば“地震酔い”という症状らしい。
震災時の緊張感や恐怖心などから、平衡感覚を司る三半規管と脳の連携が上手くいかなくなるのだというから、これも一種の自律神経の失調症なのだろう。

それはさておき、阪神淡路大震災の後に聞いた話を思い出した。

第二次世界大戦の際の東京大空襲の後に子ども達が書いた作文には、空襲で街が焼けた様子を見て「花火のようできれいだった」とか、防空壕での避難時の様子を「野営(キャンプ)のようで楽しかった」とか、子どもならではの逞しさと無責任さが発露した文章が多く見受けられたのだという。

それに対して、阪神淡路大震災の直後には、「お風呂に入れないので死んでしまいたい」とか、「トイレが水洗でなくて耐えられない」とか、そういった文章が目立ったのだという。

当然、大戦中の子ども達も、家を失ったり、肉親や友人を亡くした子ども達もたくさんいた。
原因こそ違えども、震災時の子どもと同じ状況におかれたはずである。
それなのに、50年の時を経たこの違いはどこから来るのだろうか。
私たちの社会は、子ども達から逞しさを奪ってきたとしか思えない。

子どもは無責任でよいのである。
けれど、逞しくあって欲しい。

戦争や災害で苦しい中でも、それを楽しんでしまえる逞しさが、子ども達自身も、そして大人達をも救うのではないだろうか。

今回の東日本大地震では、どうであろうか。

どんな境遇にあっても楽しめてしまう逞しさをつくり、支えるには、やはり生きるための知識と技術を備えていることが最低条件としてあるように思う。

焚き火ができて、料理ができて、自然の中から食料を得ることができて、テントで快適に眠ることができて、ナイフが使えて、まだまだいくらでもある。
そういったひとつひとつが、子ども達を逞しくするのである。

野外での遊びや生活の体験がやはり必要なのだと思う。
野外に出ることができなければ自宅でも良い。

毎月11日は“キャンプの日”などと決めて、自宅にあっても、電気・ガス・水道等を使わない生活をすることから始めるのだ。

今回の震災を忘れないためにも機能するだろうし、非常食や非常用品のチェックの機会にもなる。非常時の生活を楽しむことができる能力も培われる。

具体的な実行プランの是非は検討を要するとしても、少しでも実行できればその分だけ子ども達は逞しくなる。

このアイデア、いかがだろうか。

 

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2011年3月31日 (木)

●節目●

元日の記事でもお伝えしたように、本日、2011年3月31日をもって“森林(やま)づくり塾”の塾長を退任することとなりました。

これまで、教室の運営にご尽力いただいた関係各位には、何から何まで本当にお世話になりました。

また、川場村にお住まいの皆様には、温かなご協力を戴き、心より感謝申し上げます。
時には励ましていただいたり、時にはお叱りを戴いたりしながら、少しずつ、少しずつ、川場村の森林づくりを学ぶことができました。

川場村の森林(やま)づくりに関わらせていただくことが、ただひたすらに楽しくて、家庭でも、職場でも、口を開けば川場村の話をする私に周囲の人々は、さぞ辟易したことでしょう。
それほどまでに、川場村の森林づくりは、私の生活の中心にありました。

おそらく、それはこれからも変わることはないでしょう。

塾長という立場は辞することになりましたが、これからは、これまでとは違う立場で川場村の森林とお付き合いさせていただきたいと考えています。

このブログは、塾長を拝命したことを機に開設したのですが、本日この記事をもって890話となりました。それらの記事の全ての内容が、川場村の森林と、川場村の森林に関わる人々から教えていただいたことがらです。
これからも少しずつ更新していきたいと考えています。
これまで同様、川場村の森林から気づかせてもらったことを発信していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

3月26~27日にかけて実施を予定していた教室が、塾長としての最後の教室でした。
今回の震災で中止となってしまい、教室への参加を希望してくださっていた方々には、最後のご挨拶をする機会を失ってしまいました。
これからも、様々な機会にお目にかかることができるのではないかと期待しております。

みなさん、本当にありがとうございました。
そして、これからもよろしくお願い申し上げます。

2011年3月31日 節目の日に。

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2011年3月30日 (水)

子育慈母観音

20110329kosodatejibokannnonn_2とくに意識しているわけではないのだが、不思議と同じ時期に、同じものを思い出すようである。

写真の“子育慈母観音”もそうで、ちょうど今ごろの時期になるとカメラを向けている。

このブログでも、一昨年の3月16日に紹介しているのだ。

不思議なものである。

今年は、震災の前日、3月10日に逢ってきた。

赤児に乳をふくませるやわらかな表情が心を和ませてくれる。
観音像に傘を差し掛けるように枝を広げるしだれ桜の芽もわずかにふくらみ始め、春がもう目の前までやってきていることを報せてくれていた。

川場村は、原発事故の影響で避難を余儀なくされている福島県飯舘村の人々の受け入れをはじめた。
現在は、100名ほどの人々が滞在している。

村内のボランティア有志が、彼らを支援する活動をはじめている。
私にも何かできることはないだろうか。

(2011/3/10 川場湯原地区)

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2011年3月27日 (日)

冬来たりなば

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3月の9~10日にかけて川場村を訪ねた。
そして、翌11日。
マグニチュード9.0という未曾有の大地震が発生した。

国が“東北地方太平洋沖地震”と名付けたこの地震は日本という国を変えようとしている。

この地震が発生して以来、じつに様々なことを考えた。

このような、言わば“急性激発型”の危機に直面し、直接に被災された方々の現在のことや、これからのことを自分に重ねてみたり、何かできることはないかと思案をめぐらせたり。

地方軽視・農林業切り捨ての政策姿勢がもたらしてきた様々な問題は、地震発生以前から進行してきたのだが、この“慢性静寂型”ともいえる危機に喘いできた地方住民に、今回の震災が与えた影響は十重二十重の苦しみを与えている。

それでも、報道番組を見る限り、被災者が連絡が取れない家族に対して送っているメッセージの中に、自分たちが元気であるから心配しないようにという言葉が少なからずある。
痛ましい声でもある一方で、彼らの心根の強さも感じ一縷の望みをそこに託したいという思いにも駆られている。

森林(やま)づくりは、余裕のある者がおこなう趣味的な行為では決してない。
我々の生活を根底から支える森林を守り育てる行為であると考えてきた。
だからこそ、森林(やま)づくりに関わる者として出来ること、為すべきことを考え続けたいと思っている。
自分に出来ることは、きっとそれだけなのだから。

冬来たりなば、春遠からじ。

必ず春はやってくる。

(2011/3/10 生品地区)

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2011年3月 3日 (木)

久々の川場村

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3月に入って、やっと川場行きが実現した。
前回が、昨年の12月11~12日だったので、ほぼ3ヶ月もご無沙汰したことになる。

3ヶ月といえば、一年の4分の1である。
こんなに長い時間、川場村観察を怠ってしまったのだ。

降霜・降雪の時期も毎年異なるし、そうした気候の変動に合わせて生物の様子も年ごとに違う。
川場村の生物暦(フェノロジー)を纏めたいと思っているのに、痛恨のご無沙汰になってしまった。

地元の方にお聞きすると、このところ連日の小春日和が続いたそうで、この時期にこんなにも雪が少ない川場村は滅多にないことだ。

村内で最も標高の高いところにある“木賊(とくさ)”という集落はどうだろうかと思い、車を走らせてみたが、やはり雪は少ない。
橋の上から川面を眺めると、風に舞う粉雪と霧にけぶって、日本画のような落ちついた景色を目にすることができた。

20110303tokusa1

猿害に苦しむ川場湯原地区の太郎集落の上流部に位置するこの集落も、やはりニホンザルが多く棲息する地域の中にある。

樹木にサルの食痕が多く残されていた。
樹木の表面の固い皮(外樹皮)の内側にある、水分と糖分を多く含んだ層を目当てにサルが皮を剥いた痕跡だ。

この日は、サルを直接目にすることはなかったが、多くの樹皮剥ぎ痕がサルの存在を教えてくれた。

(2011/03/01 木賊地区)

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2011年2月12日 (土)

●“くまの本棚”準備中●

このブログでは“森林づくりお薦めの新書”というカテゴリーで、森林(やま)づくりのヒントになりそうな本を新書版に限って紹介させていただいてきました。
もっとも、昨年あたりから怠けていてあまり更新できずにいたコーナーでしたが…

この度、一念発起。
新書版の本に限らず、様々な本や論文などを紹介するブログを新設することとし、ただいま鋭意準備中です!

このブログもマイペースで続けていく予定ですが、新ブログもご贔屓にお願いいたします!

請うご期待!
近日公開!

開設の折には、このブログでお報せします!

くま敬白

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2007年に紹介した本は→こちらから
2008年は→こちらから
2009年は→こちらから
2010年は→こちらから

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2011年1月 1日 (土)

◆◇◆謹賀新年◆◇◆

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新年明けましておめでとうございます!

2006年の4月に“森林(やま)づくり塾”の塾長を拝命したことを機に、同6月から開始したこのブログも、早いもので、足かけ6年目となりました。

“森林(やま)づくり塾”は、群馬県川場村と東京都世田谷区の交流事業(通称:縁組み協定)の柱の活動として1992年に開設された教室です。

当時、過疎に悩んでいた川場村の地域振興の一助となるために、また一方では、過密がもたらす都市病理現象からの脱却を目指す世田谷区民の第二のふるさとづくりのためにと開始されました。
“森林(やま)づくり”活動が双方を叶え、そして大切な自然を守り育てることに繋がると考えられたのです。

1992年の開塾時から2006年まで14年の長きにわたって塾長を勤めていただいたのは、当時、東北芸術工科大学教授の三田育雄先生でした。

その後を引き継がせていただいたのが不詳私です。
突然の拝命にあたふたしながらの5年間があっという間に過ぎたことになります。

このブログを始めたのも、「塾長になったからには、川場村の森林(やま)のことを少しでも多くの方に伝えたい」「限られた教室の中では伝えきれない様々なことをなんとか別の形でお伝えしたい」という思いからでした。

実は、本年度(2011年3月)をもって塾長を辞することとなりました。
後任の3代目塾長には、地元森林組合にお勤めの外山京太郎さんにご就任いただくことになっています。

拝命当初から、「塾長は、地元(川場村)の方にお勤めいただくべきだ」と思っていましたし、関係各位には表明もしてきましたので、ようやく念願が叶ったことになります。

私自身は、何一つ塾長らしいことが出来ないままの退任ですので、寂しくもありますが、大好きな川場村との縁が切れてしまったわけではありません。
2011年度からは、“アドバイザー”という立場で教室に関わらせていただくことになりました。

新たな立場での川場村との関わり方を模索するのが2011年の課題になろうかと思います。

皆様のこれまでのご理解とご協力に心から感謝申し上げます。
そして、今後も倍旧のご支援を戴けますようお願い申し上げ、新年のご挨拶とさせていただきます。

2011年が皆様にとって良き年でありますよう!!

(2003/09/04 ヒロイド原)
下刈りに驚いて跳びだしてきたノウサギの赤ちゃん

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