カテゴリー「川場のけものと鳥たち2011」の10件の記事

2011年5月17日 (火)

雪の中のイノシシ

20110517inosisi

東日本大震災から約2ヶ月が経った。

震災当日の3月11日にも、自動撮影装置は淡々と記録を続けてくれていて、降雪の中を渉猟中の大きなイノシシが写しとめられていた。

最近よく思うことがある。

傷を負ったら、傷跡はいつまでも残したいということだ。
もちろん、傷そのものが癒えないのは辛すぎる。
けれど、傷跡は残ってほしいと思うのだ。

私は、生来のいい加減者で、何か失敗をしでかしてもすぐに忘れてしまい、また同じことを繰り返してしまう。

だから、せめて傷跡が残っていれば、それを目にしたときくらいは傷をつくった顛末を思い出し、失敗を繰り返すという愚行が少しでも減るのではないかと思うのだ。

漫然と日々を送っているだけでは、今回の震災のことも、私は記憶の中できっと風化させてしまうだろうから。

(2011/3/11 中野地区友好の森)

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2011年5月10日 (火)

そろそろお目覚め?

20110509kumadana一月ほど前に、川場村最標高地に位置する“木賊(とくさ)”という集落でみかけた光景。

この地区も、太郎地区とならんで猿害に苦しむ地域だ。

ニホンザルばかりではなく、ツキノワグマの影もとても濃い地域である。

写真はヤマグリの樹。
集落に沿う道端に立つ、樹高25mほどの大きな樹だ。
昨秋は、沢山の実をつけたのだろう。
ざっと見ただけでも15あまりの“クマ棚”がつくられている。

クマは樹に登ると、幹の又の部分に腰を据えて手近な枝を引き寄せては身体の下に挟んで、枝の先に着いた実を食べる。
引き寄せた枝から実がなくなると、また次の枝を引き寄せる。

そうしてできるのがクマ棚だ。

冬の訪れとともに枯れた葉は、自然と落葉し、樹には残らないが、葉が繁っている時分に枝を折られ、そのことで枯れた葉は長く残るのである。

辺りを見まわすと、このヤマグリの樹ばかりだけではなく、山肌に点々とクマ棚を確認することができたが、これほどまでに沢山のクマ棚をつけている樹は珍しい。

自動撮影装置にも記録されていなかったので、このクマ棚だらけの樹を見つけた時期には、まだ冬ごもりの最中だったのではないかと推測されるが、大型連休を過ぎた今時分は、冬ごもりから目覚めて、森林(やま)を見回っていることだろう。
もしかしたら小熊を連れているかもしれない。

クマと地域住民の間の軋轢はなんとかして軽減しなくてはならない課題だが、クマが棲む川場村の森林を誇りに思うことから考えを始めたいものだ。

(2011/4/17 木賊地区)

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2011年4月26日 (火)

お馴染みさん

20110426kamosika

4月16日に後山でカタクリの開花を愉しんでいるときに、一頭のニホンカモシカに出遭った話は既にお伝えしたが、その翌日の17日にはも、友好の森のなかで別の一頭に再会することができた。

右耳に切れ込みのある雌のカモシカだ。

この個体は、もう何年もの間、友好の森に住み着いていて、年に何度か姿を見せてくれる。
一番最近に出遭ったのは、昨年の秋のことだった。
※その時の様子は→こちらから

この写真からは判然としないが、別の写真をよく見ると、お腹がふくらんでいるようにも感じられる。
もしかしたら赤ちゃんがいるのかもしれない。

このカモシカが子連れでいるところを確認することができたのは2008年の秋のことだったが、今年もまた繁殖に成功したのだろうか。

野生動物の個体数があまりに増えすぎてしまい、地域住民との間に軋轢を生む可能性を考えると手放しで喜ぶわけにはいかないのであるが、それでもやはり頬のゆるむ出来事である。

厳しい冬を無事乗り切ったお馴染みさんに再び逢えたことが、なんだか無性に嬉しかった。

(2001/4/17 中野地区友好の森)

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2011年4月23日 (土)

牝鹿の群

20110423nihonnjika

いつものように、ヒロイド原に仕掛けてある自動撮影装置のデータを回収すると、3月14日に水場を訪れたニホンジカの群が記録されていた。

この写真には雌のニホンジカが6頭写っている。
この水場は、先日紹介したニホンカモシカが写ったのと同じ現場である。

はっきりとしたことは分からないが、カメラ目線ではないので、おそらくはカメラを意識しているのではないのだと思うのだが、耳をいっぱいに拡げ、辺りへの注意を怠っていない様子が見て取れる。

厳しい季節も終盤を迎え、これからいよいよ出産のシーズンに入る彼女たちだが、個体数をどのように伸ばしていくのだろうか。

詳細な調査ができていないので、断言することはできないのだが、これ以上個体数を増やさずに安定してくれるとよいように感じている。

野生生物と地域社会の人々との間にある、強い軋轢を少しでも軽減し、共存の途を探り出さなければならない。

(2011/3/14 中野地区友好の森)

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2011年4月18日 (月)

楽しい時間

20110418kamosika

先の記事で、カタクリに逢いに出かけた話を書いたが、じつは、その時にもう一つの出遭いがあった。

カタクリが群生する秘密の場所にそっと近づくと、一頭のカモシカが地面に腹をつけ、まるでカタクリをまもっているかのように静かな目でこちらを見つめていた。

私と目が合うと、ゆっくりと立ち上がったが、それでもその場を離れない。
10m程の距離まで近づくと、ようやく2~3mだけ移動をする。
またもう少しだけ近づくと、私が近づいた分だけ距離をとる。
そして、驚いたことに、私が遠のくと、またその分だけ距離を詰める。

小一時間ほどもそんなことを繰り返したが、元いた場所から離れようとしなかった。

「だいじょうぶだよ。カタクリを盗ったりしないよ。写真におさめるだけ。」
と心の中で話しかけてから、数百株はあろうかというカタクリを見てまわったのだが、その間もずっと傍にいて私を見つめていた。

カモシカは、カタクリを食べることはしないようなのだが、辺り一面で芽吹きが始まったハナイカダの新芽は大好物である。
ハナイカダの新芽を食んでは、春の陽射しで温まった地面に腹をつけて休み、また新芽を口にする。
おそらく、そんなことを繰り返していたのだろう。

実はこのカモシカとは、もう何度も出遭っているので、「こいつはおかしなヤツだけれど、悪さはしない」と憶えてくれていたのかもしれない。

ネルのシャツの袖をまくり、ベストを引っかけただけの軽装でも汗ばむ程の陽気の中で、心底楽しい時間をプレゼントされた。

(2011/04/16)

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2011年4月 9日 (土)

春のカモシカ

20110408kamosika

雪に阻まれてなかなか回収に出かけることができなかった自動撮影装置のデータを回収しに行ってきた。

ヒロイド原の一画にある、一年中涸れることのない水場には、ニホンジカとニホンカモシカが記録されていた。

ツキノワグマやアナグマなど、冬ごもりをする動物が記録されないのは当たり前のことだが、イノシシやテン、それにタヌキやキツネなどが記録されていないのが不思議だ。
この地点から数百メートルしか離れていない地点に設置してあるカメラには、頻繁に写っているこれらの動物は、何故かこの水場をあまり利用していないようだ。
どのような理由があるのだろうか。

写真は、3月14日に記録された雄のニホンカモシカ。
目を細めて眼下腺を倒木に擦りつけている。
いかにも気持ちがよさそうである。

人間だって痒いところを掻くのは気持ちがよい。
カモシカが、眼下腺を擦りつけるのは、テリトリーの宣言だと考えられているが、テリトリーを主張するという生きるために必要な行為が気持ちよいのは、気持ちが良いというご褒美を用意して、必要な行為を実施させるという遺伝子の戦略なのだ。

それにしても、春の陽気の中で本当に気持ちがよさそうだ。

そろそろ、葉を着ける植物が増えてきたので、気持ちもいくぶんのんびりしてきた頃なのだろう。

(2011/03/14 中野地区友好の森)

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2011年3月30日 (水)

離れザル

20110330hanarezaru

昨日紹介した、“慈母観音”から200mほどだろうか、車を走らせた所で一頭のニホンザルに出遭った。

最近出来たばかりの温泉宿“悠湯里庵”の塀の上をキリッとした顔で、そして悠然と歩いていた。

助手席に放りだしていたカメラを車中から向けると、こちらの気配を感じたのかとたんに早足になったが、それでも塀の上を、進行方向を変えることもなく進んでいった。

立派な体格の、壮齢の雄ザルである。
群ではなく、一頭で居たので離れザルなのであろう。

サルの社会もなかなかに大変で、そろそろボスの座を狙えようかというような地位の雄ザルは、群の中に居場所を失い、このような離れザルになることがある。
その後、実力を養い元の群に返り咲くこともあれば、他の群に入り込むこともあり、緩やかな遺伝子の交流を担ってもいる。

口元の頬袋をふくらませているので、何か餌にありついた後だったのだろう。

(2011/3/10 川場湯原地区)

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2011年3月 6日 (日)

啓蟄

20110306sika

久々の川場村で自動撮影装置のデータを回収した。

自動撮影装置というのは偉いもので、持ち主がサボっていてもちゃんと記録を続けてくれているから頭が下がる。

写真は、3ヶ月ほど前のヒロイド原。
発情期を終えていよいよ厳しい冬を迎えようとしている頃の一枚である。

立派な角を頂いた壮齢の雄のニホンジカなのだが、どうにも憎めない表情に見える。
“ん?なんだ?写真?”
とでも言いながら近づいてきているようだ。

この雄ジカ。
無事に冬を乗り切りつつあるだろうか。
今年の川場村は雪が少ないとはいえ、冷え込みは厳しかったので彼らにとっても辛い冬だったことだろう。

けれど、厳しい冬もそろそろ終盤にさしかかった。

本日は、二十四節気のうちの一つ、“啓蟄(けいちつ)”である。
二十四節気のことは、だいぶ以前に触れたことがあったが、古人の壮大な偉業の一つであると思っている。

“啓蟄”の“啓”の字は、開くという意味。
“蟄”のほうは、虫などが土中などに閉じこもる様を指す言葉である。
土の中で厳しい冬を過ごした虫が地表に這いだし始める境の日が“啓蟄”なのだ。

昨年は4月中旬になって大雪が降ったりもしたし、まだまだ厳しい日が多くありそうだが、少しずつ、少しずつ春が近づいてくるのがこの季節である。

鹿達の苦労ももう少しだ。

(2010/12/15 中野地区友好の森)

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2011年2月16日 (水)

熊の名の由来

201102116kuma_2あいかわらず川場行きが実行に移せずにいる。

ともかくデスクワークが苦手で仕方ないので、森林(やま)を徘徊しないことには心身のバランスを保つことができない。

悲鳴を上げはじめた心と身体を労るためにも一刻も早く森林(やま)に向かわなければいけない。

さてさて、閑話休題。

ツキノワグマの“熊”名の由来を知りたいと思いながらいろいろと調べてきたのだが、いっこうに分からなかった。

このブログで紹介するために、キツネタヌキイノシシカモシカなどの名の由来を調べてきたが、何れも比較的簡単に辿り着くことができた。

それなのに、熊の名の由来はネット上にも見あたらないし、書籍からも見つけることができずにいたのだが、ようやく探し出すことができた。

加納喜光著『動物の漢字語源辞典』(東京堂出版)という書籍の中に熊に関する記載を見つけたのだ。
以下、同書よりかいつまんで紹介しよう。

“熊”の文字は、見たままに“能”と“火”が組み合わされてできている。
“能”の下に位置する四つの点は、“連火(れんが)”という部首名が付けられているとおり“火”を表すのだ。

“能”は、粘り強い力があるという意味の文字で、ここから“能力”などという言葉も生み出されたという。
クマが食べ物とても強い執着をみせることなどを考えると、とても説得力があるではないか。
さらに、“連火”が合わせられることによって、火のように勢いがあり、強い様を表すのだという。

つまり、“熊”は、粘り強くそして火のような勢いがある動物であるというわけである。

また、同書では、“くま”という音(読み)については、“隈(くま)”が語源となっているとも説明している。

“目に隈(くま)ができる”といえば、目の下が窪んで見える様を指すし、“隈”は云うまでもなく、“すみ”とも読む字であるが、こちらは“すみっこ”の“隈(すみ)”である。
クマが穴に入って冬眠することから、「奥まったところに棲む動物」という意味で、この音が与えられたのだという。

これもまた納得である。

当たり前といえば当たり前のことではあるが、それぞれの名には、それぞれの由来があって興味が尽きない。
由来を知ることで、人と森林の繋がりが少し見えてくる。
少しずつでも繋がりが見えてくると、森林(やま)づくりが愉しくなる。

森林(やま)に出かけられないときには、こんなインドア森林(やま)づくりも良いものである。

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2011年1月29日 (土)

“くま”と“クマ”の冬ごもり

20110129kuma

こんなに長い間このブログを更新できなかったのは、開設以来初めてのことである。

いろいろと溜め込んでしまっていた仕事を片付けたりしているうちに体調を崩したり、それなのに一杯やる機会が多かったり。

新春のご挨拶をしたばかりと思っているうちに、あれよあれよという間にこんなに月日が経ってしまっていた。

一面の銀世界になっているであろう川場村にも足を運べないままである。

このままでは精神衛生上もよくないし、なんとか時間を工面して川場行きを決行しなくては。

さて、私は、そんなこんなで冬ごもり状態でいるのであるが、本家のクマ(ツキノワグマ)も今は冬ごもりの最中である。

村内各所に設置してある自動撮影装置のクマの記録は、昨年10月18日以降は一枚もない。
今回の写真が、最後の一枚だ。
まさか、10月中旬で冬ごもりに入ったとは考えにくいのだが、記録上は、この後は一度も姿を見せてくれていないのだ。

私が設置しているカメラは、何れも低標高の人家近くなので、冬ごもりの環境を求めて高標高地に移動したのかもしれない。
村内の低標高地では、クマがどこで冬ごもりをしているのだろうと不思議に思うほど、洞のある大木などが見つけられないので、こうした想像をしているのだが、真偽の程は如何だろうか。

(2010/10/18 川場湯原地区)
自動撮影装置

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