カテゴリー「森林づくりお薦めの一冊(新書)」の34件の記事

2007年12月13日 (木)

『里山を歩こう』

20071212satoyamawoarukou 今森光彦:『里山を歩こう 』、岩波ジュニア新書、2002年初版

ジュニア向けといって侮るなかれ。岩波のジュニア新書シリーズは名著揃いである。
本書もその例に漏れない。

著者の今森氏は、東南アジア諸国を中心に世界を撮り歩く写真家であるが、決して珍しい物好きの海外信奉者ではない。
わが国の自然と人々の暮らしの接点に暖かい目を向け続け、素晴らしい写真と文章で綴られた多くの著書を上梓している。

本書も、そうした氏の著作のうちの一冊である。

書名のとおり、「里山」をキーワードに全編が綴られているが、そのバランスが見事である。

滋賀県大津市の仰木という集落を舞台に、里山の生物のこと、棚田と里山のこと、集落の伝統と里山のこと、河川と里山のこと等々が充分にして簡潔に描かれている。
そして、最終章は、里山は懐かしい風景ではなく、未来の風景であるという提言で結ばれている。つまり単に、ノスタルジーの世界ではなく、里山と、その存在を支える人々の生活や生産の姿こそが目指すべき姿であることを強調している。

悲観的なだけの農林業論でもなく、徒な楽観論でもなく、きちんとした目線で捉えられた里山を描き得るのは、著者自身の生きる姿勢の賜物だろう。

近い将来、川場を舞台にしたこんな一冊を世に出したい。

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2007年11月11日 (日)

『こんにゃくの中の日本史』

20071111konnnyakunonakanonihonsi武内孝夫:『こんにゃくの中の日本史 』、講談社現代新書、2006年初版

川場村について考える際にコンニャクを外すことはできない。
生糸生産が次第に衰えを見せる中で、この村の人々の生活を支えたのがコンニャク栽培だったからだ。コンニャク栽培の導入によって、村の消滅を回避したと言っても過言ではない。
現在では、そのコンニャク生産も、中国産などの安価なコンニャクの流入によって非常に厳しい状況下にあるが、それでも村の中には、まだまだ頑張っているコンニャク生産者が少なくない。

本書は、わが国におけるコンニャク栽培の歴史をコンパクトにまとめた一冊である。

コンニャクといえば、食用が真っ先に思い浮かぶし、現在においては、まさにそのとおりであるが、糊としての利用を代表として様々な工業原料としてもコンニャクは利用されてきた。第二次世界大戦下では、風船爆弾の主要材料として利用された歴史もある。さらに遡ると、帯の惹句にあるように、桜田門外の変の資金源として、換金作物であるコンニャクが一役買ったことなど、興味深いエピソードが数多く紹介されている。

森林には必ず所有者や管理者、そして利用者がいる。彼らの営みによって森林が現在に伝えられていることを忘れることはできない。そして、そうした人々の多くは農家であった。
川場の森林(やま)づくりを進める際に、川場の農業生産に考えを及ぼすことを欠いては決してうまくいくものではない。

川場の農業をより深く知るための好著である。

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2007年11月 8日 (木)

『杉線香の話』

20071108sugisennkounohanasi 柏順子:『杉線香の話-片隅に残る伝統産業』、筑波書林、1980年初版

地方に出かけると、できるだけ小さな本屋を覗くようにしている。
大手の取り次ぎを通さないような小さな版元が出版した、地域限定の本が書架に並んでいることが多いからだ。書き手もまた地域の人であることが多いし、書かれた内容も地域限定で、ネット上を検索しても見つからない本が多い。
玉石混淆であることも確かだが、売れ線を狙わない丁寧なつくりの本が見つかるのもこうした中からだ。
本書も、まさにそういった一冊だ。

「杉線香」というのは、なにも特殊な線香ではない。仏前に供える、ごくごく一般的な線香のことである。
線香は杉の葉に香料などを混ぜてつくられる。

本書には、線香の製造方法から、製造業者の技術伝承の系譜、原材料である杉の葉の収集方法から加工方法、そして、この産業の将来展望に至る広範な内容が盛り込まれている。

わが国の木材産業の斜陽化には様々な背景があるが、均角の木材のみが市場性を保ち、それ以外の多様な利用方法が、代替材に圧されたことも大きな理由となっている。
身の回りを見渡すと、実に様々なところに樹木に由来する物が使用されているにもかかわらず、わが国の林業家の多くは柱材生産に固執する。

「バイオマス利用」などとわざわざ洒落た言葉を使う必要などない。
わが国では、もともと木を余すところなく使ってきたのだ。
森林(やま)づくりを進めるにあたって、古くから伝えられてきた森林のめぐみを利用する知恵から学ぶべきことは多い。

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2007年10月23日 (火)

『自然を感じるこころ』

20071023sizennwokannjirukokoro 野田研一:『自然を感じるこころ -ネイチャーライティング入門』、ちくまプリマー新書、2007年初版

わが国におけるネイチャーライティング研究の第一人者である著者の手による一冊。

ネイチャーライティングとは、「1.自然に関する科学的情報、2.自然に対する個人的な反応、3.自然に関する思想的・哲学的解釈(本文より抜粋)」を基本要素としてもつノンフィクション形式のエッセイの総称である。

『シートン動物記』や『ファーブル昆虫記』などに代表されるように、あるがままの自然の姿を謙虚に映し、それに心情を乗せて描かれた文学作品は、多くの人々の自然に対する理解を深めるとともに心を動かす。
結果として、悲壮な運動論ではなく、厭世的でもない自然保護の実践者を生み出すこととなる。

わが国においては、担い手に恵まれないネイチャーライティングの重要性と楽しさを伝える好著である。

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2007年10月 2日 (火)

『木造建築を見直す』

20071002mokuzoukenntikuwominaosu 坂本功:『木造建築を見直す』、岩波新書、2000年初版

わが国における森林の保全を考える際には、やはり林業を見つめる必要がある。
木材価格が低迷する昨今にあって、「林業」を森林を活用した総合産業であるというように拡大解釈すべきであるとするむきもある。
しかし、やはり林業の本体は木材生産にある。木材は我々の生活の衣食住全てにわたる局面で驚くほど多様な利用をされてもいるが、やはり、質的にも量的にも、建築用材としての利用が中心である。

川場での森林づくり活動も人工林の管理・保全を目的とした活動を多く含んでいるので、木材の生産を常に視野に入れておく必要がある。自分たちが管理にたずさわった森林から生み出された木材がどのように流通し、利用に供されるのかを知っておくことは、森林づくりの方向性を決める上で極めて重要なことだ。

1995年1月17日に阪神・淡路地方をマグニチュード7.3という途方もない地震が襲った。死者6,434名、行方不明者3名、負傷者43,792名という甚大な被害をもたらすものであった。
そして、この震災は林業・木材界にも看過できない影を落とすことになった。「木造建築は震災に弱い」という風評被害とさえいえるイメージの流布である。
木造建築は本当に震災に弱いのであろうか。だとしたら、地震大国であるわが国になぜ木造建築が根付いたのであろうか。

本書では、木造建築の有利性・不利性を偏らずに説いたうえで、木造建築に明るい希望を提示している。
木造建築という文化について、もう一歩深く知るための好著である。

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2007年9月16日 (日)

『遭難のしかた教えます』

20070916sounannnosikataosiemasu 丸山晴弘:『遭難のしかた教えます―安全登山のための辛口レクチャー (NEW YAMA BOOKS) 』、山と渓谷社、1999年初版

森林(やま)づくり、森林ボランティア、林業体験、何れにしても危険と隣り合わせの活動である。
このページでも『危険感受性をみがく』『市民の森林づくり』を紹介し、森林に関わる活動が決して安全なものではないことを強調してきた。

ところが、林業の世界は、安全に対する配慮に欠けるとことがある。もちろん、林業・木材製造業労働災害防止協会等によって種々の努力も重ねられつつはある。それでも、他の分野に比べると見劣りがする。

わが国における森林づくりは、山岳地形地における活動であることや、刃物などの危険物を使用する活動であることなどから、危険性を強く孕んだ活動であることを再確認することが大切だ。

森林づくりは、スキーやキャンプ、登山など、他の活動と同じアクティビティを含んでいる。そのため、そうした種々の活動の安全を確保することを企図した出版物からも学ぶことが多い。

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2007年9月15日 (土)

『地球温暖化を考える』

20070915chikyuuonndannkawokanngaeru 宇沢弘文:『地球温暖化を考える』、岩波新書、1995年初版

以前このページで紹介した『社会的共通資本』の著者である宇沢氏の著作。

1992年にブラジルのリオで開催された地球サミットでクローズアップされた問題が、本書の表題ともなっている「地球温暖化」問題だ。
二酸化炭素は、それまで無害の排出ガスとして社会に認知されてきた。むしろ如何に排出ガスを二酸化炭素にするかという観点で様々な技術開発が為されてきたと言っても過言ではない。
それが、一夜にして悪者になった。

森林(やま)づくりには、ローカルな視点が極めて重要であり、このページでも、その点を重視してきた。
もちろんローカルな視点の重要性を撤回するつもりはないが、やはりグローバルな視点も必要である。

「地球温暖化」というきわめてグローバルな問題の発生のメカニズムの分析と、「温暖化防止」に向けた具体的な提言が本書ではなされている。
「地球温暖化防止」に向けたアクションは、これまで経済の枠組みから除外されてきたが、社会の形成と発展に必要な様々な事象を社会的に認知することの重要性が強調されている。

森林(やま)づくりの持つ意味は、樹木が炭素を固定するからなどという狭隘なものではない。
森林を護り、林業を振興することの意味を矮小化してはならない。

本書も、我々の森林づくりに大きなヒントを与えてくれる。

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2007年8月31日 (金)

『自然保護という思想』

20070831sizennhogotoiusisou_3 沼田眞:『自然保護という思想』、岩波新書、1994年初版

著者は植物生態学の大家であり、わが国の自然保護活動や環境教育活動を常にリードし続けた碩学である。
日本自然保護協会の中核的なメンバーでもあり続け、日本環境教育学会の設立にも尽力し、ハンズオン型の博物館の草分けでもある千葉県立中央博物館の設立にもおいても中心人物であった。

本書では、そうした著者が自らの人生を回顧しながら「自然保護という思想」について俯瞰している。
「自然保護」から「環境保全」へとキーワードが変化する過程を簡明に整理し、そうした概念のシフトの功罪を明確に指摘している。

本書が上梓されてから既に10年以上が経過し、著者自身も世を去り、自然保護や環境教育もその姿を変えつつある。
およそあらゆる仕事がそうであるように、真っ白なキャンパスに絵を描くのではなく、既に先人たちが描いた絵に加筆修正を施す作業が必要である。社会のあり方に変革を促すような息の長い仕事については、とくにそうした作業を避けることはできない。

「自然保護」という思想・概念の辿ってきた歴史を知ることは、私たちの森林(やま)づくりにもしっかりとした柱を立てることになる。

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2007年8月16日 (木)

『木場ことば集』

20070816kibakotobashuu 宮原省久:『木場ことば集』、東京木材市場株式会社、1969年初版、2006年復刻

「角兵衛」「花魁」「粋物」「三味線」「太鼓」…等々等々。
これだけ聞いて何のことか分かる通人はまずいない。
何れも、かつて東京深川木場で木材の取引をする業者の間で使われてきた業界用語である。
深川の木場も江東区新木場に移転してからもう長いので、木材業者の間でも意味が通じない言葉が多いという。

本書は、深川木場時代から木材流通の要として機能してきた東京木材市場株式会社の創立50周年を記念して刊行され、その後同社の創立90周年を記念して復刻刊行された稀少書である。収録された用語は132語に及ぶ。

木材は、林木を育成し、伐倒し、搬出し、加工しなければ利用に供することはできない。そうした中で、流通・加工過程に関わった人々が仕事を円滑に、そして効率よく進めるために育んできた「ことば」が本書では紹介されている。
血の通わぬお役所言葉などではない、活きた「ことば」を通じて我々が学ぶことは多い。

森林(やま)づくりの目標、あるいは成果の一つとして、木材の利用を忘れることはできない。特に人工林を育てる作業に関わる場合、育てられた樹木がどのように姿を変え、どのように利用に供されるのかを知らなければ森林(やま)を育てることはできない。

残念ながら本書は少部数発行の非売品であるので入手は困難だろが、それでも紹介したい一冊だ。

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2007年8月 4日 (土)

『なぜイノシシは増え、コウノトリは減ったのか?』

20070804nazeinosisihahuekounotori_3 平田剛支:『なぜイノシシは増え、コウノトリは減ったのか 』、平凡社新書、2007年初版

2006年はツキノワグマの受難の年であった。
環境省のレッドデータリストに記載されながら、推測生息数の半数以上の頭数が捕殺された。
巷には「環境に優しい」人々があふれ、国民総出で「地球に優しく」している「経済大国」の姿である。

もちろん、農山村住民が熊と鉢合わせをして襲われてしまったり、農作物への多大な被害があったりと、看過できない問題が発生していることも事実である。
しかしなぜ、これまでの長い歴史の中で、若干の衝突はありながらも共存してきた熊と人間が今になって折り合いのつかない状況に置かれてしまったのだろうか。このことに思いを至らせない限り、豊かな自然を回復することはできないだろう。

本書では、様々な生物の生息環境を護り、復元する活動が紹介されている。
つい先日、わが国では46年ぶりにコウノトリの自然繁殖が確認されたが、この取組についても本書では1章を割いて報告している。

森林(やま)づくりは、一朝一夕には成されない大仕事である。
野生生物との共存を視野に入れない森林(やま)づくりは画竜点睛を欠く。

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2007年8月 3日 (金)

『牧野植物図鑑の謎』

20070802makinoshokubutuzukannnonazo 俵浩三:『牧野植物図鑑の謎 』、平凡社新書、2007年初版

造園学分野の著名な研究者である著者が、偶然に出逢った一冊の植物図鑑によって「謎」の解明は始まる。

あまりにも有名な牧野富太郎とその業績だが、順風満帆委細支障なく積み上げられたものではなかった。
野口英世や北里柴三郎らがそうであったように、帝国大学閥の主流たり得なかった牧野の人生を垣間見ることができる一冊である。

帝国大学主流派との確執に加え、学童生徒への植物学知識の普及に尽力する村越三千男との壮絶な争いを軸に「謎」が解明される。わが国林学の黎明期の巨人、本田静六も牧野の「謎」に無関係ではなかった。
ライバルとの切磋琢磨などという爽やかさは微塵もない。見苦しいまでに骨肉相食む掴み合いの抗争は、己が信じた途を行く者にとって避け得ないものであったのだろう。

森林に親しむための重要なツールである植物図鑑を開くことに、新しい楽しみを加えてくれる一冊だ。

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『照葉樹林文化』

20070802shouyoujurinnbunnka 上山春平:『照葉樹林文化―日本文化の深層』、中公新書、1969年初版

本書は、わが国の基層を形作ったのは照葉樹林帯の文化にあるとする。
従来、わが国の文化形成に当たっては稲作が決定的な要因であるとする考え方が一般的であったが、稲作(水田耕作)技術渡来以前と考えられている縄文の文化こそがわが国の基礎をなすものであり、その縄文の文化は照葉樹林帯の文化であったという。

照葉樹とは、葉の表面が堅く光沢を持つような樹木を指す用語で、椎や樫などの南方由来の樹木群がこれに当たる。

本書の出版は大変な議論を巻き起こすものであったが、その後、北方由来のブナ帯の文化も一大勢力であり、照葉樹林帯の文化とブナ帯の文化のせめぎ合いがわが国の文化を形成したとする説が現在の定説となっている。
東北出身の小説家である熊谷達也が鮮烈に描くような、大和と蝦夷の衝突がまさにこれに当たる。

ともあれ、こうした議論を巻き起こす嚆矢となった一冊である。

森林(やま)づくりを考えるときに、我々の祖先達が依拠しながら生きてきた自然環境に思いを馳せることもまた楽しい。

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2007年7月28日 (土)

『長伐期林を解き明かす』

20070727tyoubakkirinnwotokiakasu 全国林業改良普及協会編:『長伐期林を解き明かす (林業改良普及双書 153) 』、全国林業改良普及協会、2006年初版

最近になって「長伐期化」という言葉をよく聞くようになった。
従来30~50年程度とされてきた植栽から伐採までの期間を80~100年程に延長しようという考え方だ。

森林内には、フクロウが巣をかける洞(うろ)のあるような古木も必要だ。食物連鎖の頂点に立つ肉食の生物の存在も欠かすことはできないからである。
柱材の生産を中心に進められてきたわが国の林業は、人間にとっては生産に長い年月を要する産業ではあるが、森林の成立を考えるとごく若い樹木を主な生産物としてきたので、わが国の森林面積の約4割を占める人工林の中には古木はほとんど存在しない。
こうしたことから考えると、長伐期化にも一片の利点を認めることができる。

しかし、わが国の人工林の生産目的を考えた場合、長伐期化によって得られる大径材に、長期にわたる生産期間に見合うだけの価格形成がなされるとは考えにくい。
また、現在のスギ人工林には、戦後急増した木材需要に早く応えるために早生品種が多く植栽されていることも考えあわせなければならない。
早生品種は、一定年月を経ると材の中心部に腐りが入り、大径材としての価値を著しく減じることも早くから指摘されている。

林野庁等によって長伐期林業が喧伝される現在、長伐期化のメリットとデメリットについて深く考えることが必要だ。
本書では、多くの著者がそれぞれの立場から長伐期化の功罪について論じている。長伐期化について様々なことを考える糸口を与えてくれる一冊だ。

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2007年7月21日 (土)

『ベリーハンドブック』

20070721beriihanndobukku 木原浩:『ベリーハンドブック―野いちご、木いちご、草いちご 』、文一総合出版、2006年初版

のんびりと林道を歩きながら目にとまった木イチゴを口に含む。
この時期の森林散策の楽しみの一つだ。

友好の森の中だけでも、4~5種類の木イチゴをすぐに見つけることができる。
花や葉の形や、棘の付き方、実の色や味も様々で楽しい。

イチゴの実100gに対して30g程の砂糖をまぶし、中火でざっと火をとおせば爽やかな酸味のジャムができあがる。アイスクリームやヨーグルトのトッピングに最適だ。

森林の美味しい楽しみを知ることも森林(やま)づくりの第一歩としてとても効果的である。

本書をポケットに忍ばせて散歩に出かけたい。

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『歴史探索の手法』

20070721rekisitannsakunoshuhou 福田アジオ:『歴史探索の手法―岩船地蔵を追って 』、ちくま新書、2006年初版

川場村の各所には、数多くの道祖神が点在する。
かつて真田の領地だったことも関係しているのか、隠れキリシタンの里でもあったようだ。正面から見るとごく普通の観音菩薩像だが、横から見るとマリア像に見えるものなども散見される。
かつて多くの農山村がそうであったように、川場村の農業は多品目少量生産で市場競争力の低いものであった。そこに養蚕が導入され村内の主力生産物となった。さらにその後も、コンニャク栽培や、近年では観光とセットになったリンゴ生産、ブルーベリー生産など、意識の高い農家によって持続的な農業生産が工夫されてきた。
こうした、農業生産の歴史と数多くの道祖神の存在は無関係なのだろうか。
川場村の林業は、これも他の林業地域と同様に農家によって進められてきた。
もし、道祖神の存在と農業生産が密接に関係するものであれば、道祖神と林業の間にも関連性があることとなる。

森林づくりは地域性の豊かな仕事である。
地域の文化を知ることなしに、地域に根ざす森林づくりを進めることはできない。

本書では、著名な民俗学者である著者が、民俗学の手法を用いて地域文化の考証を進めることの限界を潔く認め、民俗学と歴史学の双方の手法を用いて立体的に地域文化を読み解いていく。

川場の森林づくりにとても大きな示唆を与えてくれる一冊だ。

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2007年7月 8日 (日)

『自分たちで生命を守った村』

20070707jibunntatideinotiwosukuttamura_1 菊地武雄:『自分たちで生命を守った村』、岩波新書、1968年初版

岩手県沢内村は国内でも有数の豪雪地である。
奥羽山脈の裾野に位置するこの村は、1960年代に至っても、11月の中旬から翌5月初旬まで、積雪によって陸の孤島と化していた。
こうした環境下では農業生産もままならず、村民の生活は絶対的な貧困下にあった。
当然、村の財政も逼迫し、医師を招聘することもできなかったため、都市部であれば怖れるほどのこともない病気でさえも村民の命を奪っていった。とくに老人や乳幼児の死亡率は驚くほどの高さであった。

さらに、こうした中にあって、いやこうした中にあったからこそ村民たちの心は諦念感に支配され、村の有力者達はつまらぬ政争に明け暮れるという漆黒の中にこの村はあった。

本書は、こうした絶望的な状況からの脱却を図った一人の村長による村の再生の記録である。

相次ぐ戦禍、戦後の復興、高度経済成長と、日本は一貫して農山村を蹂躙し続けた。
農山村の復興とは、地域振興とは何をなすことであろうか。
この問題に正面から取り組まぬ限り、森林づくりも都市住民のレジャーに終わることだろう。

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2007年7月 4日 (水)

『山びとの記』

20070704yamabitonoki 宇江敏勝:『山びとの記―木の国 』、中公新書、1980年初版

木挽きの祖父と炭焼きの父を持つ著者もまた、植林、伐採を行う林業労働者である。

農村からは優れた農民文学の担い手が数多く輩出されたが、山村からは見受けられない。
こういったあたりにも、山村文化を考える糸口があるのかもしれない。

著者は山村が輩出した異色だが一流の物書きである。
自身の経験をもとに、そこに住む者にしか見いだすことのできないであろう森林(やま)の文化を綴っている。
気負いのない、実に淡々とした筆致で熊野の森林での生活が活写されている。

戦後わが国の林政は、林家(=山林所有者)を日本林業の担い手と措定し、種々の政策を展開してきた。そのこと自体には説得力のある説明も与えられるが、山林を所有しない林業労働者に関する無策は、やはり反省すべき点であろう。
近年になり、林業労働力の確保に関して泥縄的に取組が開始されはしたものの、遅きに失した感が拭えない。
こうしたなかで注目されるのが「森林ボランティア」であるから、どうしても胡散臭さを感じてしまう。

市民による森林づくりの本質はどこにあるのだろうか。
林業労働者の手による力みのない記録は、これからの活動を考えるうえで欠くことのできない価値観を我々のなかに芽生えさせてくれる。

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2007年7月 3日 (火)

『オオタカの森』

20070703ootakanomori 新保國弘:『オオタカの森』、崙書房、2000年初版

本書の出版元は千葉県流山市に本拠を置き、地域色の強い出版を手がけるローカル出版社である。
本書も例に漏れず、同市内で地道に続けられた市民活動の記録である。

千葉県流山市は、近年東京のベットタウンとして急速に開発が進められた自治体である。こうした状況下にある同市内でオオタカが営巣する森が発見される。この豊かな森を守ろうという市民による活動が開始されるが、まもなく大きな障害が立ちはだかることとなる。
同市は、東京と茨城県の筑波研究学園都市を結ぶライン上に位置している。こうしたことから通勤・通学の脚を確保するために常磐新線の敷設が企画され、実行に移されたのだ。そして、この計画は、まさにオオタカの住む森を直撃する計画であった。

オオタカは中型の猛禽類である。猛禽類は食物連鎖の頂点にある生物であることから、その保護には地域の生態系そのものを豊かにする努力が求められる。
都市的環境下にあって猛禽の営巣する森林を守るという途方もない活動は如何にして成ったのか。

森林づくりを目指す者にとって非常に多くの点で参考となる一冊である。

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2007年7月 1日 (日)

『社会学入門』

20070701shakaigakunyuumonn 見田宗介:『社会学入門』、岩波新書、2006年初版

社会学界の重鎮である著者の集大成ともいえる一冊である。

社会の本体は人間にあり、だから社会学は人間学であると断言するところから本書は始められる。

スギ・ヒノキの人工林や、薪炭林・農用林として利用されてきた雑木林は言うまでもないが、われわれ人間社会と没交渉な森林はこの世に存在しない。
ゆえに、社会はいかにして形成されるのか、社会はいかにして変化するのか、といった視点を失っては森林(やま)づくり活動が成果を上げることはできない。

わが国の人口の8割を擁する都市社会が森林に与える影響は正負両面ともに無視できるものではない。一方で、農山村社会の在り方は直接的に森林に影響を与える。

「社会」を見つめるという合意さえなされれば、手法・対象ともに社会学にはタブーはなく、領域横断的な学問として存在している点が本書では強調される。

社会と森林の関係性を考えるうえで恰好の入門書である。

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2007年6月29日 (金)

『環境問題とは何か』

20070629kankyoumonndaitohananika 富山和子:『環境問題とは何か 』、PHP新書、2001年初版

「水」を中心に据えた著者のライフワークの集大成ともいえる一冊だ。
自然保護問題と農林業問題という、ともすれば相反する問題として捉えられがちな両者が「水」というキーワードで結ぶことで同根のものとして整理されている。

「林業=自然破壊」といった単純な、そしてヒステリックな論調は、最近になってようやくなりを潜めたものの、木材生産を偏重する論調と、軽視する論調とがバランスをとるに至っていないのが、残念ながらわが国の現状だろう。

「活発な林業生産が健全な森林をつくる」というような、楽観的予定調和論は、森林を高木の群生地としてしか見なさない貧しい認識のうえに成り立っている。
一方で、農林業を軽視する論調は、人間を環境形成の主体として見なすことができない偏った認識の上に成り立っている。
とはいえ、これら両論のバランスがとれた着地点を探すのはなかなかに骨の折れる仕事であることも確かなことだ。

これからの森林づくりに当たって大いに参考になる一冊だ。

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2007年6月27日 (水)

『おとなの自然塾』

20070626otonanosizennjuku ビーネイチャースクール:『おとなの自然塾 』、岩波アクティブ新書、2003年初版

自然を伝えることを仕事に選んだ13名の著者による好著だ。

平明で快活な文体で気安く読ませてくれる一冊だが、それぞれの著者が自然に対して持っている哲学が随所に滲み出している。
表題のとおり、おとなに向けた自然への誘いがテーマとはなっているが、こどもを対象とする活動にも様々なヒントをもらうことができる。

森林づくりを進めるうえで、最も大切なことは森林を理解することである。理解のためには森林に浸り、楽しむことが近道だ。

自然に向き合うことの楽しさ、自然を理解することの大切さを再認識させてくれる、気持ちの良い一冊だ。

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『気違い部落周游紀行』

20070626kitigaiburakushuuyuukikou きだみのる:『気違い部落周游紀行 』、冨山房、1981年初版

著者は本名の山田寅彦としても知られる明治後期から昭和にかけての碩学である。デュルケムの『社会学と哲学』やファーブルの『昆虫記』等、今日に至るまで日本人に大きな影響を与え続ける著作の翻訳を手がけたことでも知られている。

本書は、東京近郊の農村に著者が暮らしながら、心に刻んだ様々な事柄が独白の形で綴られている。差別用語とも受け取られかねない辛辣な用語を胸を張って表題に据えることができたのは著者が「部落」の当事者であり、けっして傍観者ではなかったからであるし、何より本書を通読すると、著者の「部落」に対する愛情を読み手までも共有することができ、爽快ですらある。

「森林(やま)」という言葉は、農村や山村をも含めて意識したい。
山村を考える際に、ついつい傍観者になりがちな我々に、その意識の貧困さを思い起こさせてくれる一冊である。

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2007年6月23日 (土)

『危険感受性をみがく』

20070623kikennkannjuseiwomigaku_1 中村昌弘:『危険感受性をみがく―ライン管理者の実践ノウハウ 』、中央労働災害防止協会、2005年初版

林業は他産業に比べて、死に至ったり後遺障害を残すような重大事故の発生率が約6倍も高い。
仕事で林業に従事する場合と、市民活動では異なる点も当然様々あるが、長大な樹木を相手にし、足場の悪い傾斜地で活動すること等々、共通点も多い。
そして、この共通点のなかに「危険」という事実も含まれる。

川場での森林づくりは、20年あまりの間に大きな事故を起こさずに活動を続けることができた。しかし、慣れた頃に起こるのが事故である。慢心した者に降りかかるのが事故である。

本書は、鉄鋼・製鉄業界において長年安全管理にたずさわってきた著者の経験をもとに編まれている。書名のとおり、配慮や心構えといった面を中心に説得力のある記述が続く。

森林づくりの継続のためには、「楽しさ」「やりがい」と並んで、「安全」を欠かすことはできない。
他産業・他分野の経験や工夫に学ぶことが必要だ。

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2007年6月21日 (木)

『水と緑と土』

20070621mizutomidoritotuti 富山和子:『水と緑と土―伝統を捨てた社会の行方 』、中公新書、1974年初版

学生時代にこの本に出逢った。
森林から蛇口までをこんなに見事に繋いでくれたのは、この本が初めてだった。
森林の滋味を豊かに含んだ河川の水が、洪水によって農地一面を浸し、農耕によって痩せた土地に再び活力を与える。この「洪水農法」に依拠した農の営みと、そのための地域形成を知ったのもこの本からだ。

「水」と「緑」と「土」が物的な恩恵ばかりではなく、地域地域の風土を育み、文化を育てるものであることを、感覚的にも理論的にも教えてくれた一冊だ。

近年になってこそ、「上下流の連携」「流域林業」等々を大切にする気運が生じているが、この本が上梓された当時に、こうした考えに至っていた者はごく限られていた。

森林づくりを進めていると、なぜ森林を守るのか、なぜ山村を振興するのか、といったことに迷いが生じることがある。
森林づくりの原点に立ち返るために絶好の一冊だ。

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2007年6月20日 (水)

『離島発生き残るための10の戦略』

20070620ritouhatuikinokorutameno10nosenn 山内道雄:『離島発生き残るための10の戦略 』、生活人新書、2007年初版

戦後の工業化、商業資本の台頭、そして近年では「三位一体の構造改革」に「平成の大合併」と都市部以外の地域は荒波のなかで揉まれ、翻弄されている。

本書は、島根県海士町の現役町長の奮闘の記録であり、これからの強い意思表明の書である。
川場村は東京都の世田谷区と相互協定を結んでいるが、島根県の県民人口は、その世田谷区の区民人口より少ない。そしてその島根県のなかでもとびきりの零細自治体であった海士町に元気を取り戻しつつある町長の、実体験に基づいた「戦略」が紹介されている。

「森林(やま)」というとき、森林そのものに加え、生活と生産が森林と密接な関係を持ってきた山村までをその範疇に含めて考えなければならない。
私たちの「森林づくり」の場である川場村も山村である。最近になってやっと「過疎山村」の指定からは外れたが、まだまだ厳しい条件下にある。

上越新幹線や関越自動車道も利用可能で、東京からの日帰り圏にある川場村に比べ、遙かに厳しい条件下にあるにも関わらず、遙かにアグレッシブに地域振興を実践しつつある海士町の記録には多くの示唆が含まれている。

川場村長は本書をご存じだろうか。

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2007年6月19日 (火)

『水の道具誌』

20070619mizunodougusi 山口昌伴:『水の道具誌 』、岩波新書、2006年初版

水の重要性については今さら言うまでもない。

わが国における林業の発達も水と深い関係を持ってきた。
森林を育むのも水ならば、伐採された原木を使用される土地まで運ぶのにも水が利用された。水を貯蔵し、運ぶことを目的に樽が生み出され、樽を作るために造林技術と木材加工技術に磨きがかけられた。

本書は、水を楽しみ、活かす知恵の結晶としての「道具」にスポットライトを当てた一冊だ。

如露、金魚鉢、和傘、手拭い、雑巾、砥石、井戸、水甕、盥、霧吹き、洗濯板、などなど。なるほど、云われてみれば「水の道具」である。
著者のしなやかな発想が、水をもう一度見つめる機会を与えてくれる。

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『昆虫の食草・食樹ハンドブック』

20070619konntyuunoshokusoushokuju 森上信夫・林将之:『昆虫の食草・食樹ハンドブック 』、文一総合出版、2007初版

植物をおぼえるのが、実は苦手だ。
しかし、森林づくりに関わっていて、植物のことは知らないでは済まされない。

本書は書名のとおり、昆虫とその餌となる植物の組み合わせを紹介したユニークな一冊だ。薄手のハンドブックなので多くの種を網羅しているわけではないが、それがまた使い勝手がよい。
昆虫も植物もポピュラーな種を中心に平易な解説が、とても綺麗な写真とともになされている。

森林づくりは、森林を構成する様々な要素のつながりあい、関わりあいを維持・復元する仕事だ。
本書のように、組み合わせに注目した書籍が世に出ることが嬉しいし、こうした書籍の出版を企画する気持ちを持った人がいることがまた嬉しい。

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2007年6月16日 (土)

『社会的共通資本』

20070615shakaitekikyoutuusihonn_2 宇沢弘文:『社会的共通資本』、岩波新書、2000年初版

著名な経済学者である著書は、都市・金融・自動車・教育・農業・地球環境等々に共通点を見いだしている。
これらは、手を触れることのできる存在であったり、眼に見ることのできない制度であったり、人間の営みであったりと一様ではない。森林や林業もこれらと共通点を持つ。

その共通点とは社会を存立させる基盤として機能している何かであるという点だ。こうした存在を著者は「社会的共通資本」として認識することの重要性を説いている。

わが国を含む多くの国々が自由経済を基本とする資本主義体制の国家であり、それゆえに様々な恩恵をわれわれは享受してきた。一方で、現在の社会は様々な矛盾や問題点を抱え込んでいる。福祉・教育・健康・自然環境などを軽視することで生まれる荒廃や混乱である。これらはいずれも経済行為になじまない諸々である。
こうした現代社会が抱える多くの問題の解決のためには、経済行為になじむものにも、なじまぬものにも、価値を認める社会が求められる。

森林はなぜ守らなくてはならないのだろう。
農林業はなぜ必要なのだろう。

そんな問いに対する解答を提示してくれる一冊だ。

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2007年6月15日 (金)

『樹皮ハンドブック』

20070615juhihanndobukku 林将之:『樹皮ハンドブック 』、文一総合出版、2006年初版

文一総合出版は、この数年、新書版のユニークな図鑑の出版を精力的に行っている。
本書もその一冊である。

わが国に分布する多くの樹種を、書名のとおり樹皮を手掛かりに整理・紹介している。それぞれについて、幼木・成木・老木の樹皮を写真ともに提示するとともに、葉も掲載されているため森林づくりの現場での樹種同定に一役買う。

森林に出かけられずに家で悶々としているときに眺めているのも楽しいつくりになっており、図鑑の域を超えて楽しめもする一冊だ。

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2007年6月13日 (水)

『農業は人類の原罪である』

20070613nougyouhajinnruinogennzaidearu コリン・タッジ:『農業は人類の原罪である 』、新潮社、2002年初版

「農業」は命を慈しみ育てる仕事として表現されることが多いが、農業の核をなすべき「農」という営みの本質は生命を奪うことにあると思っている。
もう少し丁寧にいえば、人間が他の生命を利用するために育て、そして屠る行為だといえる。なぜなら、慈しみ育てるだけであるのなら、それは盆栽を仕立てたり、ペットを愛玩するのと何ら変わらないからだ。
「農」という営みにおいて行われる生命を奪う行為は、もちろん、殺戮や虐殺とは全く異相の行為である。
他の生物の命を奪う尊い行為に従事してきたからこそ、農民は豊かな思想と文化の担い手ともなり得た。

「農」という営みを、他者との交換を目的として行うことを「農業」と呼ぶ。「農民」が「農業者」となり、「農学」が「農業学」に矮小化され、「農政」が「農業政策」に偏倚する過程が、大きな問題を生み出してきた。

林業の場合はいかがだろうか。

ショッキングなタイトルを持つ本書は、われわれの森林づくりに深みを与えてくれた。

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2007年6月12日 (火)

『昆虫の世界へようこそ』

20070612konntyuunosekaiheyoukoso 海野和男:『昆虫の世界へようこそ 』、筑摩書房、2004年初版

昆虫